■■どういうことなんだ?(2001/11/4)

@タクシーにて
タクシーに乗った時、
運転手さんが不可解な行動をとることがある。
みなさんは、そういう経験はないでしょうか?

たま「あっ、こっから2つめの信号のとこで降ろしてください。」

運転手「わかりました。」

そして運転手さんが、何や料金メーター機(割増ボタンの付近)の
とこを“ピッ”と押す。
「この値段でストップをしてくれるのかな?」と思いきや、
値段が“ピッ”と1つ上がるのである!!
・・・えっえー!!どういうことなんだ!!
ボタン1つで値段を上げることができんのか?!
そういう時いっつも、私には「運転手さんの意志」で最後の1メーター、上がってるように見えるのだが・・・。
みなさん、そう思いませんか?

注:ちなみに乗ってしばらくして(ほぼスグに近い)、運転手さんが、“ピッ”とメーターを押して1つ値段が上がる時もある。これも意図的に見えんねけど、どうなってんねやろう・・・。

@喫茶店にて
メニューを持って来ない喫茶店というのが、
世の中にはたくさんある。
(「お品書き」が壁に掲示してある場合は、かまわない。そういう店はメニューを置いてないとこもあるしね。)
しかも、こういう「メニュー持って来ず」の喫茶店では、たいてい店員が、おしぼりと水をぞんざいに置き、
私が「メニュー下さい」と言うと、
店員は「ふん!(めんどくさい!)」と言わんばかりにいやいやメニューを持ってくる。
しかし、どう考えても初めて客なのに、どうして“メニュー”を持って来ないのだ?!
日本人は、喫茶店のメニューをほぼ暗記していて当たり前なのか?!
もしくは「メニューを持って来ない店共通のメニュー」というのがあるのかもしれない。
そして勿論そのメニューの暗記は、日本の常識なのだろうか?
しかし少なくとも日本国憲法にはそんな条文はないはずである!!
どうなっているんだろう。

まあこういうメニューを持って来ない不可解な喫茶店は、実際、たくさん存在しているので、もう別に驚きはしない。
そういう店では、私は必ずメニューを持って来てもらい、メニューを熟読した挙げ句、店員に「ホット1つ」と言う。
きっと店員は「ほなメニュー持ってこさすなよ」とボヤいてることであろう。
先日、朝ご飯を食べようと、とある喫茶店に入ると、そこは、そういうタイプの喫茶店だった。
(ちなみにその時、私は「ホットケーキ」を食べたかった。)
私は「ホットケーキ」があるか調べるべく、「メニュー下さい」と言った。店員がメニューを持ってきてくれたが、そこにはホットケーキの文字はなかった。代替案を探すべく、メニューを熟読して、色々店員に聞くことにした。

たま「あのー、このアメリカンケーキってどんなんですか?」

店員「スポンジケーキの間に生クリームが入ってるんです。」

・・・ショートケーキの類いか?と思ったが、“600円”なので、結構大きいかもしれない。ならばホットケーキの代わりにこれでも食してみるかと思い、

たま「どれぐらいの大きさですか?」

店員「これぐらいです。(ショートケーキ2個分ぐらいの様子)」

・・・うーん、迷うなあ・・・。いや、サンドウィッチでええわ!!

たま「このカツサンドは牛ですか豚ですか?」

店員「牛です」

たま「牛かあ・・・(狂牛病の心配をしてる)。うーん、迷うなあ。
   よしっ!! ホナ、この“グリルチキンサンド”いうの下さい」

こう私が覚悟を決めて店員に言うと、

店員「あの、今、モーニングしかやってないんです。」

・・・先に言え!!先に!!ホナ迷わんでええねん!!
   どういうことやねん!!
しかたなく私は店員に「ホット1つ」と言った。

■■狂牛病(2001/11/6)

「狂牛病」について、私はひどく敏感である。
しかし世の中には平気な人もたくさん居てはる。
ひょっとすると多くの人が、「発病すんのは、運の悪い奴だけやねん。食べても大丈夫!」とおっしゃって多くの肉(いやコンソメを!)を食しているかもしれません。
ある程度ちゃんとした知識を持っているのなら、大丈夫な肉けのもの(脳や目玉はやめたほうがええらしい)を食してください。(私はちゃんとした知識が無く、臆病なのでできるだけ食べないようにしています。)
しかし!!ちゃんとした知識も無いのに「そんなもん、平気!平気!」と思っているのなら、その人に危機管理の薄い官僚を非難する資格はない!!
(さらにそういう人を私が非難する資格もないでしょうけど。)
そういう人は、
「肉コップンって危ないらしいけど、平気!平気!発病すんのは、運の悪い奴だけやねん。食べても大丈夫!」と
考えた官僚と同じである。
「コンドームつけへんくっても平気!平気!性病になんのは、運の悪い奴だけやねん。ヤっても大丈夫!」と言う、ワイドショーに出てくるコギャルと同じである。
「車で制限速度を超えてスピード出しても平気!平気!事故んのは、運の悪い奴だけやねん。スピード出してもええねん!」
と言う「非セーフティードライバー」と同じである。
(このコメントで警察関係者から誉めてもらいたいものである。できれば交通安全週間に落語会を催して欲しい!!)
そんな奴に政府を批判する資格はないであろう。
・・・でも「平気!平気!」て言う人は、政府批判などしないのかもしれない。
まあ何にしても私は狂牛病が恐いのである。
みなさんは、恐くないですか?

@これからの牛肉について
「佐藤さんが作ったホウレン草」「辻さんが作った人参」などのように出所を示す野菜が、今は存在する。←こういう野菜のパッケージには、その作成者の写真が載っていたりする。
(cf.あやめ師匠の新作落語で、そんな話が出てくんのがあるなァ。)
それから考えると、そういう“出所を示す牛肉”も出るかもしれない。
パッケージには、「辻さんが屠殺した牛です」と書いているかもしれない。

@旅行代理店に望むこと
私は、「牛肉」が大好きである。しかし、臆病な私は、今食べたとしても不安が勝って、ちょっともおいしく食べられない。
そこでJTBとかに企画して欲しい・・・、
「狂牛病の検査技師と行く“牛屠殺・焼肉”ツアー」!!
私からすると目の前でやってほしいのである。
今まさに(狂牛病の)検査技師が検査して、試験管をふりながら、「この牛は絶対大丈夫です!」と言ってもらう。そしてその牛を屠殺して安心して焼肉を食べたいのである。
まさに「今とれました、とれたての新しいやつ」を食すのである。
(出てきた肉を見て「これ新しか?」とたんねたくなるようなツアーである!!)
私はこの企画は“当る!”と思うのだが・・・。
一人では一頭、丸ごと食べられないので、“ツアー”を組めばよいのである。
「本当は食べたい」人が大勢参加するだろう。
皆さん、こんなツアーがあったら行きたいですよね?(行きませんかね?)

@世話人さん
仕事先で食事にホカホカ弁当を出してくれる時がある。
先日、仕事先でホカ弁を出してもらい、世話人さん数人と食事をした。牛肉の炊いたんが入っていたので、「どうしようか」思案しながら食べていると、その肉が最後の一品となった。ホカ弁とはいえ、残すのは失礼である。
できれば食べきるのが良い。食べるべきか、食べざるべきか・・・。
世話人さんの誰かと「狂牛病」の話題になって、
「えっえー!あなたも気にするんですね。僕もです。ホナこれ一緒に食べんの、やめますわ。」てなこともない!!
まさに「もう何でもええわ!!」である。私は肉を食べきった。
その時である!!世話人のおばちゃん全員が、「私ら肉は、気色悪くって食べられへんわー!」とコメントし、
肉を残したのである!!

・・・どういうことやねん!!

それやったら早よ言うてくれ!!食たやないか!!
食べないようにしていても結構食べる状況になるのが現実である。
・・・なんとかならんのか?

■■つい聞いてしまうこと(2001/11/7)

初対面の人とあった場合、挨拶の後で必ず聞くのは、出身地や職業であろう。
とりあえず、そっから話題の糸口を掴もうとするのだが、いっつも「しょうもないこと」をつい聞いてしまう。
えてしてそういうものは、相手を不快にさすものであったり、聞いたところでどうしようもないものばかりである。

@エピソード1

たま「どこ出身?」

Aさん「愛媛です?」

たま「実家は、みかん作ってんの?」

Aさん「みんなに言われるけど、作ってない。」

・・・大阪人(というか愛媛以外の他府県人)は、ほとんど彼らに初対面で同じような質問をしているのだろう。
今から考えると、失礼な話である。(ごめんなさいである。)
ブルガリアの人に「ヨーグルト好き?」とか言うのと同じである。
ブラジル人に「カポエラできんの?」とか、ケニアの人に「ライオン、町で見かける?」とか聞くのと同じぐらい、偏見まみれの質問である。
(実際、ケニアのナイロビなどはすっごい都会で、学生は数カ国語も喋られるらしい。)
まあ日本人が外国人に「実家は、みんなチョンマゲ?」とか「お父さんは切腹?」「どじょうの踊り食いは好きか?」と聞かれているようなものであろう。
しかし、逆にそんな事を聞かれても私は腹がたたない。
世の中そんなもんでしょ。偏見まみれで当たり前だと思う。
しかもそれは「素朴な質問」で「つい聞いてしまうこと」なのだから。
知ったかぶりでそんな事言われたら別ですが・・・。
逆にそんなこと聞かれたら、「こんなこと聞かれた!」言うて
自慢できるてなもんである。

@エピソード2
噺家をやってると、よく第一声で「食べていけるの?」と失礼な事を言われる。
しかし、ある時、芝居(小劇団)をやってる人に、初対面で

たま「食べていけまんの?」

と思わず聞いた。やっぱり誰しも思う事は一緒である。
あと毎日、落語会に御来場して下さるお客さまは非常にありがたいが、「(職業は)何してはんねやろ?」と思う事がよくある。アンケートで、時折そのへんの疑問は解消されていくのですけど・・・。
みなさん、アンケートに御協力を!!←どんな終わりや。
(こんなシメでええのだろうか・・・???)

■■根岸季依(2001/11/9)

お昼の連続ドラマ「ひとりじゃないの」(午後1:30〜2:00)を時折、見る。(MBSです。)
(昨日は、刑事役で「勢朝師匠」が出演していた!!「勢朝師匠」は昼ドラでよく見させていただく。)
しかし、この「昼ドラ」でよく見かける「根岸季依」は、本当にイヤな奴である。
昨日は、誘拐事件があったときに無実の人を疑ったり、陥れたりしていた。今日などは、自分が厄介になっている店なのに、その店に迷惑をかける行為をしていた。
(偽の食中毒情報/「店員が前科者」情報を流すなど。)

・・・なんてヒドイ奴なんだ!!最低である。
しかし、私がそう思うぐらいだから、彼女は女優としてすごい役者なのだろう。名「憎まれ役」である!!
「伊藤麻衣子」をいじめる「伊藤かずえ」である。(あっ!根岸さんの方が古いな・・・。)
ほな国広富之の代わりは誰???(まあドラマ見て下さい。)

根岸さんについてインターネットで、詳しい情報を調べたが、そんな情報はなかった。どんな人物なのであろう。
実際は気さくな良い人なのかもしれない。お会いしたいものだ。
しかし、4チャンではむかつく!!
追記:ちょっと「伊藤かずえ」で「大映」ドラマを思い出した・・・。
せっかくですから、この下の文章は、「大映ドラマ」のナレーションっぽく読んで下さい。(まさに「芥川隆行」さんのイメージで!)

この物語は、現在、落語界で活躍しようとしている笑福亭たまが、青春時代に非行に走らず、ある意味、教育機関が「マジメ」と認定した感性をもって、“笑福亭福笑”に入門した後の、貴重な体験(?)をドラマ化した日記である。
私が好きな大映ドラマでは、同じような役者が同じような設定だった。
まあ「赤いシリーズ」の山口百恵や、宇津井建が似たような位置にいてるのと同じである。(例えが古いなあ・・・。今どき、そんなタイプのドラマはないのだろう。)
大映ドラマでは、私の記憶が確かならば(多分、不確か)、中条静夫が、昔気質な親父で、ちょっと世間体を気にする母親の三ツ矢歌子、優しい父親・高橋昌也、余計にトラブルを増やす母親・岩本多代、本当の父親だったり、コソコソ隠れて協力するええ人・山本 學という感じだった。
「思い出したい読者」諸氏のために、「不良少女と呼ばれて」の最初のナレーション(?)をここに紹介しておきましょう。(これこそ、芥川隆行で読んで下さい!!)

この物語は「不良少女とよばれて」の原作者で、現在、民間舞楽界で活躍されている、原笙子さんが、かつて青春時代に非行に走り、そして、立ち直った貴重な体験をドラマ化したものである
(♪ネバ、ネバ、ネバ、ネバ、ネバ、ネバ、ネバ、ネバ、フエーイ!!)

■■入って「しまったァ!」(2001/11/11)

国立文楽劇場に行くと私はひどく緊張する。
それは「異ジャンルの小屋」だからか、「伝統芸能」という畏敬・威光にうたれてかは知らないが緊張する。
一昨年の話だが、ある師匠の国立文楽劇場での独演会を1日間違えて行ったことがある。(間違えが前日だったので、まだ大丈夫だったが。)
しかも、それまでに国立文楽劇場には1回しか行ったことがなかったのですっごい緊張である。1回目は「楽屋どこですか?」とか聞いたので、不審人物と勘違いされた苦い経験がある。そこで私は、「今回はそんなヘマはしない!楽屋口から堂々と入る!!」と固く決心し、堂々と「国利文楽劇場」に入っていった。
・・・その日に落語家は誰一人としていないにも関わらずである!!
国立文楽劇場では、もともと大勢の裏方さんが居てるし、独演会では楽屋見舞いに来はるお客様も多い。私はそういう人達に失礼のないように

たま「おはようございます!・・・あっ、おはようございます!・・・・あっおはようございます!」

とちゃんと挨拶をした。(落語の「ろくろ首」みたいである。)
今から思えば、私とすれ違う人は、「それにしても(芝居並に)厚化粧の人が多いなあ」という感じである。そして、どの部屋にも「ノォレン」がかかってたが、どれもこれも、「藤間流」とかそういう感じの文字が入っていた。
それでも私は、「何かのイベントが別の階でやってて、楽屋は同じ階かな?あっそうか!!この師匠は交友関係が広いから、芝居の人とか踊りの人からノォレンをもらうねやぁ。すっごいなあ〜」
と思っていた。
・・・その日は、そもそも別のイベントである!!
舞台裏(というか楽屋の階?)を隅々まで探して、落語家が誰もおらず、不思議に思い、そこの楽屋廊下を2周した。
その時はじめて、「んん?もしや?」と思い、雑誌「ぴあ」を確かめ、自分の間違いに気づいた。
しかたなく私は、楽屋口から堂々と帰ることにした。
まさに、入って「しまったァ!」である。

<追記>
ちなみに日常よく、入って「しまったァ!」と思うのは、タクシーで、入ると運転手さんが「ワキガ」のときである。
あれは非常に、入って「しまったァ!」と思う。そしてそういう運転手さんは、えてしてよく喋る。
・・・こっちは、鼻をふさぎながら喋りにくい(辛い!)。
また帰り際でも、「こっちがお釣りを受け取る」最終段階までドアを空けてくれない。(お金を渡した時点で空けてくれ!!)でも意外とこういう運転手さんは愛想は良いんだけどね…。
■■漫画(2001/11/12)

私は、漫画が好きである。
しかし、歳をとるにつれ、読む漫画も変わっていった。
子供の頃、「政治っぽい」「ナレーションの文字が多い」「結局は狙撃するだけ」と思い、楽しめなかった“ゴルゴ13”が、今では、非常に面白い。
まあ一般人の間でも評判だが、「ゴルゴ13」は、“さいとうたかを”1人で書いてるのではないようである。
(というか、噂では、もう本人はちょっとも書いてないとか・・・。)
まさしく「さいとうたかをプロ」と呼ばれる漫画家集団によってストーリーから絵から作成されるらしい。
まあ誤解を恐れて言うなら、「さいとうたかを」氏の弟子が、それぞれストーリーを(分業で?/個別に?)こさえているのである。
しかし、色んな人間によって(ある意味“勝手に”)書かれている「ゴルゴ13」だが、異様に首尾一貫したものを感じる。(同一人物によって作られているとしか思えない出来である。)
通説では、その一貫性を持たすため、「ゴルゴ13」は、“目”だけは、さいとうたかを先生が書き、魂を入れるそうである。
・・・確か、漫画「こち亀」に出てくる漫画家の大家でそういうのがあった。ごっつ偉そうな漫画家の大家が、肌脱ぎになり、ほとんど弟子が書いた原稿に「一筆入魂!」と言い、主人公の目だけを“グリッ”と書くいうのが。ひょっとすると、これは「さいとうたかを」の話がモトなのかもしれない。
「ドラえもん」は、今や「藤子・F・不二夫」氏が亡くなったにも関わらず、続いている。これは、「藤子・F・不二夫プロ」という集団が存在しているからであろう。まさしく、「藤子・F・不二夫、死すともドラえもんは死せず!」である!!
大山のぶ代さんが死んだ場合の方が、ドラえもんが死ぬ可能性は高いであろう。
(今や、ものまねの普及?で、それも大丈夫だろうが。)
それはともかく、「ゴルゴ13」は、商法も凄い!!
私は、たいてい同じ作品を3回読むハメになることが多い。
まず、雑誌「ビッグコミック」で1回読む。
そのあと、電車の帰りで、何かの拍子に思わず、「ゴルゴ13」ばかりが載っている雑誌(総集編みたいなやつ)を買って読むと、
「あっ!!これ、前読んだ話やがな!!(損したぁ!!)」
となる。(しかし、ちゃんと全部読むけどね。)
ほいで家に帰ってみると、父親が単行本を買っている。
それを読むと、
「どっかで前に読んだことあるなぁ・・・。あっ!これ、前に読んだがなぁ・・・。まあええわ。」
となる。さらに父親が、わらばん紙みたいな紙で出来た単行本も買っている時がある。ほいで、その「わらばん紙コミック」は、読んだ話ばかりで構成されている。
・・・もう何べん読ますねん!!となる事が多い。
さらに、私が電車で「総集編的なゴルゴ雑誌」を買わなくとも、父親が買っている場合がある。そういう時、私は必ず読んでしまう。
・・・ていうか、うちの父親はアホか?!ちょと考えて買えよ!!なんべん読むねん。無茶苦茶ゴルゴに金使てるがな。多分、父親の方が、ほぼ4回読んでるのではないだろうか?!「ビッグコミック」「ゴルゴ総集編的雑誌」「ゴルゴ単行本」「ゴルゴわらばん紙コミック」のどれかは、ほぼ必ず、うちのビリヤード場に置いてある気がする・・・。

追記:それにしても、週間少年マガジンの「魁!クロマティー高校」(野中英治氏)の絵は、「池上遼一」氏の絵にソックリである。
ちなみに、野中先生の「魁!クロマティー高校」(ギャグ漫画)も大好きですし、池上先生の「クライング フリーマン」(劇画)も大好きです。みなさん、いっぺん、読んでみて下さい。
■■大変なのか、泰平なのか(2001/11/12)

今日、ラジオのニュースですっごい事件を報道していた。
「アフリカの○○○(王国)では、4人に1人がエイズになっているため、10代の女性との性交渉を禁止する法律が出されていました。しかし、国王(王子だったか?)が、19歳の女性と婚約したため、国内の婦人が王室へ反対の暴動を起こしました。これに対し、国王は謝罪し、罰金として牛一頭を差し出しました。婦人達は、その牛を村へ持って返り、皆で焼き肉を楽しんだとのことです。」

・・・このニュースは、なんとなく面白い。ある意味「大変」であり、ある意味「泰平(平和)」である。4人に1人がエイズは、大変だろう。国王が10代と婚約して暴動が起きるも、大変だけど、泰平である。
(そんなことで怒らんでもええがな・・・。)
ニュースとして「罰“金”なのに“牛”」は、大変「変」だが、牛をもらって納得する婦人集団も「泰平」である。
ほいで「楽しく焼き肉」もすっごい「泰平」である。不思議とおもろいニュースである。
しかし、こういう「大変」「泰平」も見方の違いであろう。
確か村上春樹の本で、「ハッピーなニュース」みたいなのがあったような気がする。内容は、「今日は、ハッピーなニュースだけをお伝えします。
飛行機が墜落して288人が死亡し、2人が“奇跡的”に助かり、現在は重態の模様です。本当にハッピーなニュースですね。」
みたいな感じである。これも確かにある意味「ハッピー」だろう。
でも「大変」は「大変」である。読んで楽しんでいる我々は非常に「泰平」である。
それにしても、さっきのアフリカのニュースを、どういう感覚でラジオ局は流したのであろうか??? 
あっひょっとすると、こういう変なニュースが流れるということは・・・、「ゴルゴ13」に“狙撃依頼”が来てるのかもわからない。どこかで「賛美歌の13番(?)」がリクエストされているかもわからんなぁ・・・。

■■「打ち上げ風景」(2001/11/13)

落語会が終わると、「打ち上げ」(反省会?祝勝会?宴会?)が行われます。
時には、お客さんと一緒にお酒を飲んだりしますが、

お客様A「お名前は?」

たま 「笑福亭たまです。福笑の弟子です。」

お客様A「あー、アンタが“たま”さんかいな。イヤ、よく落語会に顔出してる○○さん(お客様B)っていてるでしょ?」

たま 「はい、落語会でよくお見受けします。」

お客様A「あの人が、たまさんのこと、“私のイチ押し”て言うてましたで」

たま 「そうですかぁ。せやけど、その人、僕の会には、いっぺんも来てくれたことないんですけど・・・。」

・・・どこが「イチ押し」やねん!!てな会話があったり致しますが、そうかと思いますと、噺家同士が自分の身辺事情を話しあってたりしますが、

噺家A「君は、兄弟はいてんの?」

噺家B「はい、弟が1人です。」

噺家A「ふーん、ほいで仕事は何をしてんの?」

噺家B「えー、ごくごく普通のサラリーマン」

・・・なんか、“奥様は魔女”みたいなコメントである。『弟は、ごくごく普通のサラリーマン』って・・・。
なんや、その後、『たった1つ違ったのは・・・、長男は、“落語家”だったのです!』っぽいがな。
アホげな会話ですが・・・、そうかと思いますとこちらでは、店の無礼に激怒してる正義の噺家がいてたりします、(ちなみに笑福亭福笑でも、私でもありません。)

正義の噺家「ちょとこの伝票、おかしいがな。コロッケ2人前注文したのに、勝手に書き直して1人前になってるがな!」

店員「あっすいません。コロッケ1人前しかなかったもんで。」

正義の噺家「イヤ、あのな、それやったら“すいませんけど1人前しかないですけど宜しいですか”て先に聞くのが当たり前やろが!」

・・・この時点でちょい怒り気味、というか普通の人間にしたらはやくも「だいぶ怒ってる」状態とも言える。

店員「すいませんでした。」

正義の噺家「もう食てしもたやないかぇ!」

・・・このコメントは、どういうことなんでしょう??「食べてしまったではないか!」ということは、・・・、「2人前でないなら、不必要だから食べたくはなかったのだが、思わず食べてしまった。これは店の責任だから、もちろん、代金は払わない」ということなのだろうか?! それとも何らかの「おとしまえ」が要るのだろうか??
この問題について沈静化した直後、店員は、“野菜の味噌パリポ(サラダ?)”という品を持ってきたのだが、

正義の噺家「おい、ちょと待て!!これ、味噌がのってないやないか?!どないなっとんねん!!」

店員「すいません、ちょっとお待ちを・・・(厨房へ行き帰還)、あのー、すいません、味噌が無かったもんで・・・。」

正義の噺家「なめてんのか!!(爆)!!味噌なかって勝手にマヨネーズのっけて、それで銭取ろ言うんかぇ!!ええかげんにせえよ!(激怒)!!そういうことは先言え!!ほんまにぃー・・・、店長出せ!店長!!俺ァもう、堪忍袋の緒が切れた!!店長出さんかぇ!!」

・・・堪忍袋の緒ォ切れんのん、はやいなあー。“エラはや”である。しかし、1回めの「伝票改ざん」事件で、「堪忍袋の緒」が切れててもおかしくはなかったのだが・・・・。しかし、こういう“正義の噺家”(私からすれば「師匠クラスの方」ですが)によって「世直し」はされていくでのあろう。
こういう「世直し」が行われているかと思いますと、こちらでは二人で酔っぱらいながら、手ぇ握って泣いてる人がいてます。

酔っ払い「兄弟分になろ!!兄弟分に!!・・・」

・・・これは「酔っ払いの小咄」か。(この続きは、どこかの落語会で、誰かのマクラで聞いてください。)ワァーワァー言うております。「打ち上げ風景」の一席、お時間でございます。

■■落語家って、どんな商売?(2001/11/17)

落語家になってよくブチ当たる命題に、「落語家ってどんな商売なんだろうか?」というのがある。(以前もこんな「たま日記」書いたなあ。)

@「落語って何?」「落語家って何?」という方(以下「未客様」)に、できるだけわかりやすく説明しようとする時がある。(本当は、そんな“説明”はしないほうがいいのかもしれない。)
ある時、こんな説明を試みたことがある。

たま 「つまり、僕らは、“ボリショイサーカス”のピエロみたいなもんなんですよ。別にピエロやってる人に“アンタ、テレビに出てへんなあ”とか“テレビに出れるよう頑張りや”とか言えへんでしょ。ライブで来てくれたお客さんに“落語”を見せて、満足してもらうちゅう仕事なんです。」

未客様「ふーん。ホナ、あんな街とか、こんな街とか行くんや。」

・・・なんかこの時、ムカついた。完全にバカにした言い方だったからである。私が「なめてんのか!」と思った瞬間、ある先輩落語家が、大きな声でこの「未客様」に言い放った・・・、

先輩 「そんな街も行くわ!!」

・・・いや、そういう言い方もどうかと思うのだが・・・。

@学校寄席では、時折、本当に不良ばっかりの学校に行く時がある。
先日、ある師匠から聞いた話・・・、1席目から「ヤジだらけ」の学校寄席で、トリでその師匠が「刻うどん」をやったのだが、誰も聞かず、不良が走りまわるわ、無茶苦茶だったらしい。そのとき、その師匠は思ったらしい。

「落語って、相手(お客さん)が笑ろてくれてはじめて成り立つもんで、相手が聞いてくれへん状況で、40才のおっさんが、1人でゴチャゴチャ言うて・・・。“今まで俺はこんな恥ずかしい仕事やっとったたんか?!”て思たわ。」

誰も相手してくれへん状況での「落語」は、まさに「病気」である。
「刻うどん」のツッコミ状態である・・・、「アンタ誰ともの言うてまんの?」and「病気でっか?」だろう。
変な商売だが、これから「落語家」商売の説明はしないほうが良いのだろう・・・。

■■俳優あれこれ(2001/11/21)

@「内藤剛志」について
しかし、内藤剛志について、いっつも思うのは、「つよし」か「たけし」かである。司会者は、「今日のゲストはナイトウツヨシさんです!」のときと、「今日のゲストは、ナイトウタケシさんです!」のときがある。
しかも、内藤剛志は、どちらも否定しない。これが不思議だ!!否定しろよ。どうも不可解である。
(インターネットで調べると、本人のHPらしきものでは、「たけし」のようだ。)

@高橋克典について
今「傷だらけのラブソング」というドラマに出ているが、本当に芝居が、クサクて下手である。しかも「ここぞ!」という場面で、思いっきり臭くしたがため「ヘッタやなぁー!!」と思わず叫ぶような演技である。
確かな台詞ではないが、色んなスッタモンダがあって、ヤンキーの、育ちの悪い歌手の卵(でも才能は抜群の小娘)に対して、作曲家の高橋克典が、「俺はお前の歌を書きたいんだ!」と言う。そのとき、妙な感情を込めるのである。
私はTVを見ていて叫んだ、「なんでそんなとこで口をとがらせんねん!」・・・何でそんな不自然な臭さやねん!!
ちなみに「ナンシー関(消しゴム版画家/コラムニスト)」さんが、「週刊文春」で昼のドラマ「レッド」に出ている関口宏の息子(名前は知らない・・・おい!おい!)の演技について、「純粋に“拙い”という方向で下手!」的な評価をくだしていた。
(↑本当にもっともだと思うなぁ・・・。)
つまり、高橋克典の「下手」は、それと“まぁ逆!”的な方向で下手なのだ。異常に臭い(わざとらしい)演技、いやむしろ、「そんな人間はいないだろう!!」と確信するような演技である。
「ここギャグです!」っぽく言ってはいけないようなギャグのところを「ここギャグです!」っぽく言うようなもんだ。
まあ自分の落語では、意外とわからないから、高橋克典を責めてはいけないかもしれない。
(↑それにしてもひどいよなあ。)
また竹内豊が、高倉健のように「この人は上手いのかもしれない」という下手な演技系、いや、「この人は下手なのかもしれない」という上手な演技なのと、好対照である。(あの微妙な「ボー読み」感が私は大好きである。)私の今一番好きな俳優は、やっぱり渡部篤郎なんだけどね。
(ちなみに、読者は意外かもしれないが、私は以前、よく渡部篤郎の物真似をしていた。どんなんか見たい?)
そんなことをあれこれと考えているうちに気がついた、「あの高橋克典がやっている作曲家は、サラリーマン金太郎ではないか?!!」
・・・衝撃の事実である。(どこがや!)そうだったのかぁ!!すっごい不自然な演技だが、「金ちゃん」なら仕方がない。多分、高橋克典は、ある意味、体が「サラリーマン金太郎」になってしまったのだろう。だから、作曲家という、どこか“ひ弱”な感じがする職種(?)にもかかわらず、「豪快」なのである。
恐るべし、本宮ひろ志!!もうこれから高橋克典が出るドラマは何であろうと「本宮ひろ志」色をかくしきれない。
たとえ、高橋克典が、紫門ふみの「東京ラブストーリー」のに出ようと、藤子・A・不二夫の「魔太郎が来る」のドラマ化に出ようと、「痛快!男気!」マンガになるのである。そして、本宮マンガをドラマ化することによって絶対不可避な違和感を放ち続けるのである。それは、仕方がないのである。すっごい汗だくの、真剣勝負、男気だらけのマンガに「さわやか万太郎」などという全く合っていないタイトルを付ける、それが「本宮ひろ志」なのだから!!
これから「傷だらけのラブソング」は、「本宮」ドラマとして楽しめるかもしれない。
■■イチロー選手(2001/11/21)

今年は、イチロー選手のニュースが多かった。
しかし、聞いていると何か違和感を感じた。
イチロー、「新人王」「ア・リーグ最優秀選手賞(MVP)」の同時受賞!! 「国民栄誉賞」辞退!!
・・・それはおかしいやろ!!ホナ「国民栄誉賞」ももろたれや!!それか、二つの賞も辞退するとか、なんか一貫性ないぞ!!

追記:コンピューターのADSLの接続しょうとしてコンピューターをまた一から初期化したりせなばならないようになりました。そのため「マンガ喫茶」で現在、更新しています。できるだけ更新しますが、ちょいちょい更新が遅れた事、しばらく不規則な事をお許し下さい。