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■■落語とSEXの微妙な関係(2001/12/11)
落語は、よくSEXに例えられる。(ホンマか?!)
しかし、その例え方は人によって違う。
先日、ある人は「オナニー」に例えていた。
落語家がエロビデオに出ているAV女優で、すっごいオナニーを見せるのである。それに対して、落語会のお客が視聴者で、それを見て、気持ちよがる(叉はオナニーする)という話である。
自分(=AV女優)が、すっごい気持ちよがることで、相手(=お客さん)も、すっごい気持ちよがるという図式である。
まさに「俺のオナニーで気持ちよがりやがれ!!」である。
この例えでは、「自分の気の乗り具合」が“カギ”になるが、ただの「オナニー」ではない。
相手を気持ちよがらせる「オナニー」なのだ。
ある意味、これも“性交渉”と言える。
また落語をセックスとして考えると、プロの落語家は、ソープランドの泡姫(?)か、コマシ屋(?)である。
アマチュアの落語家は、言わば「素人同士のセックス」である。多分、この場合、演じ手が「オス」となる。
まず「自分が気持ち良い」が大前提であろう。
なおかつ「相手(お客さん)も気持ちよければ万々歳」であろう。
そしてこの一種の性交渉が終わった後に出る台詞は、「気持ちよかった?」(疑問・不安)であり、「気持ちいいんだろ?」(←やや傲慢な感じ)であり、その他の感想を聞く台詞が大半である。
また「恋人関係」にまで、演じ手とお客さんがコミュニケイトできていれば、「気持ちよかった?」に対する答えは、「うん、気持ちよかった」でなくとも、「いいの、あなたが気持ちよければ」になったり、「(イカなかったけど)十分気持ちよかった」になったり、「好き!」(訳わからん)になるかもしれない。
また恋人同士なら、そういう感想の交換はお洒落でないかもしれない。
それに対し、玄人の泡姫やコマシ屋は、「相手(お客)を喜ばせなければならない」という使命を持つ。ただ、泡姫であれ、コマシ屋であれ、落語家であれ、それは「使命」であり、実際にそれを達成できるかどうかとはまた別問題である。
そうした前提の上で、落語家は、お客さんと性交渉するのだ。
そして感想を聞かなくとも、お客さんの笑いというあえぎ声を(石川さゆりは「天城越え」だが)ある程度、感じ取るのである。
(まあ、↑これはプロ/アマ問わずだが。)
・・・いったい、今日は何の話なんだ!!
ちなみに私は、「自分が気持ちよくなりたい!」気持ちよりも、最初から、この「あえぎ声を聞きたい!」の方が強い。
私って“S”かしら?
※脈絡なく、結論もない話やなぁ・・・
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■■トイレの文字(2001/12/14)
ウォシュレット機能がついているトイレのボタンに、「おしり」「ビデ」「乾燥」「停止」がある。
(名称は違えど、だいたいこの4つは付いている。)
私のトイレでの作法は、「おしり」ボタン→「乾燥」ボタン(中途でやめ)→「停止」ボタン→「紙でふく」である。
実際は、「停止」ボタンを押さずにお尻を軽く上げることで、「乾燥」は止まるので、そうすることの方が多い。
(現代は「おしり」の「水発射」も、お尻を上げることで「停止」するものも多いはずである。)
私は、この作法が正しいと思っているにも関わらず、トイレの壁には、「紙で拭いてからの方が、乾燥がお早くなります」
の文字が書いてある。イヤ、そらそうやろ!!
しかし、紙で拭く場合、完全に拭ききるやろ!!
そんなん、「乾燥」ボタン要らんやん!!
どこぞの世界、紙で中途半端に「水気」残して「乾燥」すんねん!!
しかも、水分たっぷりのお尻を紙で拭くのは、非常に勇気のある行動である。
(『Dr.スランプ アラレちゃん』の“すっぱマン”曰く、「勇気の人指し指!」とえろう変わらんではないか?!)
・・・うーん、何度か挑戦したけど、嫌なもんだ・・・。
(て、挑戦したんか?!)
しかし、世間でのウォシュレットの作法というのは、どんなもんなんだろう。誰もマトモにたんねた奴もおらんやろなぁ。
しかし製造業者は、ちゃんと設定しているのかもしれない。
ちなみに、公衆トイレでは、「ホモ 06−XXXX-XXXX」「誰でもHして! 090−XXXXX-XXXX」などの落書きがある。あれは、何のために書いてあるのだろう。
その電話の持ち主に対してへの嫌がらせであろうか?
しかし、それにしては、エライ婉曲的というか、遠回りである。
ちなみに、京大のトイレも汚く、落書きだらけであった。
京大は、トイレがそうではなく、建物自体が、ほとんど「耳なし方一」状態である。文字は、女性器・男性器の卑猥なものも多いが、“いか京”(“いかにも京大[生]”の略らしい)的なもの、「日米帝国主義、断固反対!」「中核派、撲滅!!」というような、「ここは、いつの時代なんだ?!」と思うような落書きも多い。
さらには、「京大の副学部長制度の導入は、朝鮮侵略への引き金になる!」なんでやねん!!どういう関係があるんだ!!
ほとんど「風が吹けば桶屋が儲かる」と変わっとらん!!
ただ、このスローガンは、赤字で描かれており、鮮血を表そうという意気込みが感じられた。
またクリエイティブな(笑える)落書きも多かった記憶がある。
(今度行ったとき、報告します。)
その中の1つに、大便器の小部屋(?)から外へ出る側の扉に、「俗世への扉」と書いてあった。これは「秀逸」であろう。(ホンマか?!)
「俗世の世界へようこそ!」だったかもしれない・・・
(「秀逸」なら覚えとけよ!)
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■■淀川の取材にて(2001/12/17)
OBCの仕事で「淀川環境フォーラム」というのに12/15、取材に行った。
内容は、「淀川の生態系の保全・改善」について専門家からの説明&住民との質疑応答である。
私はそのフォーラムの内容を要約し、12/17にレポート発表するという仕事である。
現場に行くと、同じ番組の違うコーナーに出ている近藤理恵さんが、まさに“たまたま”司会だった。
・・・私は、こんなとこまで「銭儲け」しに来やがってぇと一瞬思ったが、私も「銭儲け」しに来ていた。
ひょっとすると両者は同じ思いかもしれない。
まず司会の近藤さんが、開会を告げたのだが・・・、
近藤「それでは、ただ今より淀川環境フォーラムを始めさせていただきます。まずは、○○先生より開会の挨拶をお願いいたします。皆様、○○先生を拍手でお迎えください。」
会場のお客さん(すごい好意的に)、パチパチパチパチッ![拍手]
近藤「すいません、○○先生は、まだ来ていませんでした。」
・・・いきなりやな!!しかし会場は、(好意的なお客さんで)笑いが起こって、お客の心をつかんでいた。
近藤「それでは、しばらく、私のお話でお付き合いください。」
・・・ホホー、漫談でもするのかと私は期待した。
近藤「えーー、あっ、○○先生がみられました。どうぞ」
・・・なんじゃそら!!会場のお客は笑い、場が和む。
その後、近藤さんは「それでは休憩です」と「それでは閉会致します」の合計3回しか登場しなかった。楽な仕事である。(おいおい!)
まあ横で近藤さんもそのフォーラムをずっと聞いているというある意味「しんどい」仕事である。待ち時間とは別の時間的拘束時間が長いのも大変だからね。たとえ、3べんしか喋らなくても、大学の教授や学会の専門家のおっちゃんだらけのフォーラムに華を添えているのである。
可愛らしい近藤さんの果たす役割は非常に大きいのである。(私も可愛らしく生まれていればと、このとき初めて親を憎みました。)
一方、私は3時間半、必死に専門的講義と質疑応答をメモった。大学時代でもないぐらい熱心に私は「授業」を聞いた。
近藤さんとは、まさに対極にある仕事だった。
しかし、私のギャラが近藤さんの4分の1程度であるという情報が、私の脳裏をかすめるたびに、私は平常心でいられなくなった。
「淀川環境フォーラム」を聞いて、私は「淀川の生態系を守るんだ!」という決意を抱くと同時に、「いつか近藤さんに“嫌がらせ”をしてやろう」という決意を固めた。私は、授業を聞いている脳とは別の脳をフル回転させ、どうやって近藤さんに「嫌がらせ」をしてやろうか、考えた。この時まさに、「笑福亭K若さんに嫌がらせを決意した桂B枝師匠」が、私に
乗り移ったかのようであった。
B枝師匠は「クツ隠し」で挑んで失敗したが、私は、そんなヘマはしないつもりだ。たとえ、「嫌がらせ」の腕を私がB枝師匠から盗んでいたとしても、私は成功させる!それほどの決意を私は抱いているのだ。ある意味、「嫌がらせ」における心の師匠・B枝師匠の仇をここで私が討つ!
(↑B枝師匠、すいません。クーデター&落語会にて今後ともよろしくお願いいたします。)
私は「クツ隠し」という物理的な「嫌がらせ」ではなく、精神的な「嫌がらせ」をあたえてやろうと、その夜の落語会(inショットバー)に近藤さんをさそった。
「女ひとりで、酒場の落語会に来るというのはある意味、緊張するであろう!!しかも落語のビギナー!!」という前提のもと、「さあ、ドギマギした感覚を味あわいやがれ!」という思いで私は、血沸き、肉踊るというような状態であった。
そして落語会が開演。
フタをあけてみると、近藤さんは、ソルティー・ドッグを飲みながら悠然と落語を聞いていた。私は、「大安売」を演ったが、ショット・バーの空気に、私が飲まれ、スベリにスベッっていた。
非常に恥ずかしい!!赤面状態である。
近藤さんの顔は、「私の淀川環境フォーラムの司会のほうが、会場を沸かせていたわよ」と言わんばかりである。
なんという屈辱!!
私の嫌がらせは、不発であった。
彼女の悠然とした態度は、私のギャラの4倍強をもらえるに十分だった。
しかし、このHPにて読者諸氏に対し「かすかな嫌がらせの成功」を報告しておこう。
「彼女は、私の不出来な落語を聞いて、きっと不愉快だっただろう。ざまあみろ!」
・・・うーむ、非常に情けない。
※ちなみに、今日、落語会のお礼も兼ねて、少し近藤さんとお話したが、
たま「ごめんなさい、また今度笑わすの、がんばります。すいません、スベッて格好悪かったですね。」
近藤「いや、(たまさんだったら)あんなもんじゃないですか」
・・・私の方が、はるかに「嫌がらせ」をうけた。
うーむ、おそるべし!!近藤理恵!!
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■■オヒレハヒレ(2001/12/19)
染左兄の「らくご虎の穴」の打ち上げにて、(出席者:染左兄/こごろう兄/某会社社長:N沢氏/たま)噂というのは、どんどん違った情報が追加されていく(誇張されていく)という話になった。そこでN沢氏、
N沢氏「“噂”いうのは、どんどん“オヒレ・ハヒレ”が付くからな」
・・・「オヒレ・ハヒレ」?
こごろう兄・染左兄ともに、
「ちょ、ちょ、ちょと待ちなはれ!“オヒレ・ハヒレ”て!!“ハヒレ”て何でんねん!! そらオヒレは、“尾”と“ヒレ”ですけどですけど“ハヒレ”て!! “歯”からヒレでも生えてまんのか?!それも言うなら“尾ひれが付く”でしょ?」
こごろう兄・染左兄は爆笑である。
しかし、いつもなら私もこの爆笑に参加するのだが、今回は違った。私も「オヒレハヒレが付く」という気がするからで
ある。そして私が自宅に電話して、真偽を確認した。
すると、自宅の母親が言うには、
母親「ええ?“尾ひれが付く”しか聞いた事ないで。広辞苑にもそれしか載ってないで。陽ちゃん(私の弟)が言うには、“根ほり葉ほり”と勘違いしてんのと違う言うてたでぇ。」
・・・うーん、自信がなくなってきた・・・。
しかし、確かに私も昔「オヒレハヒレが付く」という慣用句を言った覚えがある。しかも、そういう言い回しを聞いた記憶も絶対にあるのである。←まあ「今、記憶が絶対にある」ということと「それが事実である」ということは全く別問題だが。(しかもそれが一致しない事の方が多いという記憶がある。ということは、この記憶も事実と一致するのか???)
私とN沢氏は、年末の福笑宅の忘年会にて、その真偽を確かめようということで決着がついた。
・・・ちなみにインターネットで「オヒレハヒレ」を検索したが、そんなものは無かった。やっぱりないのだろうか???皆様、オヒレハヒレについて、「聞いた」「言った」「聞いた事ない」「言った事ない」などの情報を掲示板に書いて下さい!!(すごい気になる。)
私が、「母親に電話をして聞いた情報」を話した後でも、N沢氏の「オヒレハヒレ」を支持すると、N沢氏は、
N沢氏「せやから言うねんて!!“根ほり葉ほり”は絶対に言う!!」
と断言した。そして全員に
「いや“根ほり葉ほり”言うのは当たり前でっしゃろ!!“オヒレハヒレ”はどうか、ちゅう話でんがな!!」
とツッコまれていた。
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■■福笑宅の忘年会にて(2001/12/22)
今年の福笑宅の忘年会メンバーは、うちの師匠&師匠の家族、松枝師匠、小松師匠、岐代松師匠、伯枝師匠、鶴笑師匠、鶴二兄、下の「オヒレハヒレ」コラムで登場したN沢さん、たまでした。
どの方も色々とお土産を持って来て下さるのだが・・・。
小松師匠は、仕事の都合で、他の方々よりも少し遅れて登場し、お土産に「尾道ラーメン」(たくさん)を持って来てくれはりました。
そして宴会途中、小松師匠は、うちの師匠の奥さんに「尾道ラーメン」を作ってもらい、皆がビールなどを飲んだりして
いる中で、たった1人、どんぶりを持ちながら、全員に向かって「いやー、尾道ラーメンはホントにうまいんですよー(ズルズルズルズル)」
・・・そらアンタはうまいわな!! 1人で食べてんねさかい!!と皆にツッコまれていました。
また「そんなに尾道ラーメンておいしいんですか?」と聞かれると「はい、おいしいです(ズルズルズルズル)」と画面もないのに「グルメ番組」状態になっていた。
もう1つ、N沢さんの話があるのですが、これは「音」ものなので、「たま日記」のような文章では書けません。(残念)
それはまたどこかの舞台で・・・。 |
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■■自動車教習所の思い出(2001/12/26)
自動車教習所に入ると講議を受けるのだが、それこそ、10回めの講議ぐらいまで「いかに車が危険か?」について教えられる。
どちらかというと、「もう車に乗らない方が身のためです」的である。
「乗ったとしても、絶対、他人を一緒に乗車させない方がいい」と教えられる。
生徒は「じゃあ何のために乗るんだ!!」という気持ちでいっぱいになる。「免許をとりやめるなら今のうち!」という言葉に、小心な私は、のりそうになった。
しかし、途中で止めたところで数十万の入会金は帰って来ない。まさに「詐欺」である。
私はとりあえず、乗らなくても“免許だけ”と思い、講習を受けた。
仮免をとるころには、「他人は絶対乗車させない!」などという決意は全く持たなくなっていた。(人間なんてそんなものだ。)
私の運転技術は非常にええかげんだった。
教習所では、曲ったり、車線変更の際には、確認の順序として、「ルー、シー、サイ、モク」などと教えられた。
(ルームミラーで後方確認/指示器を出す/サイドミラーで横を確認/目視=目で横後を確認)
しかし、私の全ての確認の動作は、“見たふり”しかしていなかった。(特に目視!)
つまり、指示器を出す以外の動作は、全て頭を動かしているだけで
何の確認もしていなかったのである。
しかし、それでよかった。教習所内で、そんな危険な事はないからである。
またそんな私に、教官も気付かなかった。気付かない方が悪いのだ。このあと、教官自身、この後、自分がどういう目にあうか、身を持って体験する事になる。
また、教習生の私の運転知識は非常に乏しかった。
仮免取りたての頃、私は「右折/左折などの曲がるときは、徐行」というのを拡大解釈して「進路変更のときは、徐行」と誤って覚えていた。(どう拡大解釈したんだ!!)
※徐行=ゆっくり走る事。ブレーキを踏めば1m以内に止まれるようなスピード。もちろん、時速10km以下。
しかし仮免はとれた。
・・・大丈夫なのか?!こういう奴に仮免をあげるから、この国は交通事故が多いんだ!!
そしていよいよ「路上」である。実際の道路で走る事になった。
教習所の先生を助手席に座らせ、私の運転する車は走り出した。
先生「さあ、ここで右のレーンへ進路変更して」
たま「はい」
私は、おもむろに徐行、そして「ルーシーサイモク」!
実際は何の確認もせずに頭を振っているだけである。
(正確に言うと「わき見運転」である。)
そして、そのまま右のレーンへ車線変更、私はハンドルを切った。
後ろからトラックが猛スピードで「ブッブー!!」「なめてんのか!」そして教官も、助手席から身を乗り出して、私のハンドルを握って左へ戻した。
「あぶないやないかー!!」
「トラック来てたの、わかってたやろ! 何すんねん!!」
・・・私には、何がなんだかわからなかった。
そのとき逆に私が「何すんねん!!」と思った。
私の「ルーシーサイモク」では、何も確認できないからである。
教官も「まさに死ぬ!!」と思ったのか、息をゼーゼー言わしながら、「もういい!!かわれ!!」と言い、私からハンドルを奪い取った。
(ほんまにハンドルをもぎとったのではなく、運転を交代した。)
そして、私は、教習所内の道路で、正確な「ルーシーサイモク」を教えられた。
教官「君のは、ただの“わき見”やから、ええかげんにしいや。今度会うまでに絶対ちゃんとしてや!!(ゼーゼー)」
きつい語調である。その後、ずっと私は教官にこっぴどく怒られた。
まあ彼も死ぬ思いをしたのだから仕方が無い。
私はその授業を終え、10分休憩した。
私は、この授業で1時間こっぴどく怒られたので、エライ気がめいって「もう帰りたい」と思ったが、その時「路上教習」をもう1時間予約していたので、そういうわけにはいかなかった。
(キャンセルすれば1万円ぐらい損をする。)
私は「また死ぬ思いをするのか・・・」と思ったが、仕方がない。そして次の教官のとこへ行くと、さっきの教官が立っていた。
二人とも、「またお前か!!」
心情としても、「またこいつと、死ぬ思いをするのか!!」だった。 |
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■■失言相次ぐ武部農相(2001/12/29)
ちょっと「政治ネタ」(狂牛病関係)ですが、ヤフーのニュースで、おもしろい(?)ニュースがあったので
紹介します。(今日は至極マジメです。)
あるニュースにて、
「武部農相は26日、北海道中標津町内での酪農関係者との懇談会で、“(狂牛病の)感染源、感染ルート(の解明)は
安全性の問題でそんなに大きな問題なのか”などと発言した」
そして、武部農相は、
「野党も、もっと追求すべき所があるはず。野党はバカ」的発言もしているらしい。それにキレた野党側から、武部農相に
罷免要求が出されたそうです。(与党は罷免を否定。)
・・・うーん、ホンマに武部農相って何考えてんねん。
しかし「もっと追求すべきところがある」言うて、それは、“自分”だったんですね。
落語に出てくる「甚兵衛さん」のとこへ、武部農相が、話をしに行ったらオモロイですねぇ・・・、
武部農相「こんにちは」
甚兵衛 「おー誰かと思たら、おまはんか、ままこっち上がり。」
武部農相「へェーおおけ、上がらしてもらいま。せやけど、なんでんなぁ、野党ちゅうのは、バカでんなぁー。」
甚兵衛 「お前がバカじゃ!」
(デンデン!!〜サゲ囃子〜)
・・・ちなみに言うときますが、↑これは、私が言うてるんではなく、あくまで「甚兵衛さん」が言うてるので、お間違えのないように・・・。
また、この発言問題に付いて、与党内にも反発は強いようです。
自民党内の中堅議員から、「懲らしめるためにも、国会で追及されればいいんだ」との声も出ているそうです。
・・・“懲らしめるため”て、子供のせっかんか?!
“懲らしめる”ちゅうような問題や無いと思うのだが。少なくとも、狂牛病問題を“拡大”させた人物(まさしく責任者=罪人)に、今の狂牛病問題を解決できる能力があるとは思えないのだが・・・。
ちなみに、農林水産省の熊沢英昭事務次官が、来年一月八日付で退任することになったが、武部農相は、狂牛病の責任問題について
「組織全体として問われるべきだ」
とする一方、自分については、
「農水省が抱える諸課題を解決していくことが私の責任の取り方」
と言っているらしい。
・・・どっかで聞いた台詞だ。↓こんなのが、あったなあ。
@数人の少年が、1人の少年を金属バットでリンチ殺人し、
逮捕された後、「死んだ彼の分まで、一生懸命、生きる事が、僕達の責任の取り方です」
・・・それはないやろ!!それはないやろ!!最悪である!!
別に「悪い事した人間が、社会復帰するのはダメだ」とは言わないが、ものには限度がある。
つまり、イレズミ牧師は良いが、テロリスト牧師はダメだ!!
(どっちも実在の人物で、有名。イレズミ牧師は日本人、テロリスト牧師は、外人。)
・・・ひょっとすると、イレズミ牧師もダメかもしれないが、テロリスト牧師は絶対ダメだ。
大量殺人のテロリストをやっとって、逮捕後、“刑務所の中で信仰に目覚める”て、そんなバカな!!
イギリス(?)も、ようそんな奴許したなぁ・・・。ほいで日本に送りこんでくるなよ!!(何考えとんねん!)
その外人がまた、「人を殺すのはイケナイ!」って、わかっとるちゅうねん!!お前が言うな!!
しかし、「悪貨は良貨を駆逐する」というのが世の中の常なのかもしれない。
私が、以上のような気持ちを抱く方が不自然なんだろうか。
第一、この気持ちは、“私の個人的正義感・純粋さ”でしかない。
(うーん、世間的正義感の“さじ加減”というのは非常に難しい!)
最後に、武部農相は、農家などの反発を生んでいる点に関連し、真意が伝わらずに“誤解”されたと語ったそうで(!)、今後は、
「揚げ足を取られることのないよう、言葉遣いに気をつけたい」
と述べたそうです。
・・・“誤解”??
“揚げ足”か、それは???うーん、そういうコメントで来ましたかぁ・・・。
さすが!!にくいよ!!武部農相!!この“政治家”!!
Q.こんな武部農相って“世渡り上手”になるんでしょうか?
(少なくとも私よりは収入もよく、豪華な家に住んでると思う)
おまけ:狂牛病関連ニュース
12/28、埼玉県の町中を、牛3頭が並んで歩いているのを住民が発見。狂牛病問題で牛肉価格が低下し、処分に困った農家が捨てた可能性。
・・・「そんなバカな!!」というニュースである。
うーん、牛3頭が町中を歩いている情景を浮かべると、非常にのどかでおかしいが、大変なんやろなぁ・・・。
(エサ代もかさむんでしょうね・・・。)
今日は、社会派の「たま日記」でした。 |
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■■風呂場の怪(2001/12/30)
皆さんも1人で風呂場に入るとき、入った瞬間に、こんなことはないでしょうか・・・・。
(↑まあ風呂は大抵、1人で入るものだが。)
家族が入った後、「次、風呂に入りやー!」と言われ、服を脱ぎ、風呂場に入る。入った瞬間、洗い場の「風呂イス」の上に“洗面器”が!!
・・・これは一体何のモニュメントなんだ?!
どういう使い方をすればこんな形になんねん??
しかも、私以外のどの人間の後に入っても、そういう形態なのだ。(というか、そんな気がする。)
→それなら家族に聞けよ!!だが、そんな家族の会話はうちには無い。(ちょっとぐらいはあるかな??)
今の家に引っ越す前は風呂イスがなかったので、この問題は発生しなかった。しかし、宿替えしてから少し「洗い場」が広くなり、「風呂イス」「シャワー」が完備した。それによって、この疑問が発生したのだ。
何らかの動作をした最終形態、しかも、まさに風呂上りの最終形態が、「風呂イスの上に洗面器」なのである。
さっぱりわからない。なぜ、イスに座って体を洗った後、わざわざイスの上に洗面器を置くのか?
これが風呂場のマナーなのかとさえ感じる。
(もし、そうなら私は10年以上もマナー違反をした事になる。)
「風呂イスの上の洗面器」
・・・シャーロック・ホームズなら既にこの謎を解いたであろうか?
では、ホームズにならって少し推理してみよう。
「イスに座って体を洗う」ということが、1つの先入観になって真実から遠のいているのかもしれない。
そもそもイスに座って体は洗わないのかもしれない。
うちの家族は、全員、“中腰で体を洗う”のかもしれない。
(足疲れるやろなぁ・・・。)
・・・うーん、余計に真実から遠のいているような気がする。
しかし、そもそも「シャワー」があるなら、「洗面器」はイランのではないのか? よく考えると、ここ数年、私は洗面器を使った事が無い。
かけ湯も、体を流すのも、全部、シャワーである。
一体「洗面器」は何に使うんだ??
浴槽の湯を洗面器ですくって「かけ湯」すれば、その分、また浴槽にお湯を追加せねばならず、面倒である。
私は、この家に引っ越してから(ここ10年)、洗面器はまず使っていない。
私にとっての「洗面器」は、“イスの上からどかす物体”でしかない。
母親が、昼下がり、洗面器で靴下の裏をゴシゴシ洗っていたのを覚えている。しかし、毎晩毎晩、私以外の家族が、靴下や汚れたパンツを隠れて洗面器で洗っているとは考えにくい。うーん、謎である。
この「謎」について、風呂場に入った瞬間、いつも思うのだが、風呂から出た後、解明するのを忘れてしまう。
読者諸氏も、風呂イスの上に洗面器は置いて出ますか?
これが、私の知らない間に日本のマナーになっていないことを祈ります。
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■■行った年、来た年(2002/1/1)
昨年は、「たま日記」を御覧下さいまして、ありがとうございました。本年もよろしくお願い致します。
去年の私にとっての個人的「重大ニュース」としては、第2位が「師匠が酒をやめた」です。
そして、第1位は「師匠がまた飲み出した」です。
師匠は、だいぶ飲まないようにはしているようなので、本当に嬉しいです。
(別に暴行を加えられるからとか、そんなことは元々ないです。単に「師匠の健康状態」として嬉しいということです。)
しかし、「1月1日」というのは、すっごい魔力を秘めている。
今年でいうなら、12月31日までは、盛んに「2001年の重大ニュースは、何なのか?」がもたえはやされる。
そして、12月31日23時59分59秒から、「ほんの1秒」経つや、(1月1日0時0分0秒以降になるや)「2001年の重大ニュースは何なのか?」など全くとるに足りないしょうもないテーマになる。
「2001年の重大ニュースは何なのか?」は、12月30日23時59分59秒から12月31日0時0分0秒になろうとも、まさに“重大”である。
なぜなのだろう・・・。“1月1日の魔力”である。
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■■年越しオールナイト落語会(2002/1/1)
茶臼山でのカウントダウンは、めずらしいものだった。
12月31日23時57分頃にやっと、カウントダウンの用意。
ヒロポンズハイのメンバーが舞台に集う。
そしてメンバー紹介などをやっていると、
染語ろう師「ええ?まだ時間あるんちゃうん?」
遊方兄「いや・・、あっ、サン! ニィ! イチ! おめでとう!!」
・・・いきなりやな!!
1分前とかから予告、10秒前予告など全くなしの
唐突のカウントダウン!!
私は、時間短縮のため、「ものまね入りの玉すだれ」をしたのですが、「似なさ過ぎ」でした!!恥ずかしい!!ごめんなさーい!!
「ものまね」は舞台でやると非常に緊張して、全然似ないようです。
コロッケさんは、すごいなぁ・・・。
もう舞台でものまねをすることは、自粛致します。
自分の中では、「ものまね名人」だったんですけどねぇ・・・。
オリジナルは、林家笑丸などです。 |
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■■正月風景(2002/1/3)
1組の夫婦が私とすれ違った。
父親が赤ちゃんを抱き、間に小さな子供(小1ぐらい)をはさんで(手はつないではいないが)母親がいるというフォーメーションだった。
一見すると、すっごい仲良し家族だが、
父親「そない言うねやったら、俺と別れたらええやないか!!」
母親「そうかて、×△○※◇・・・」
父親「アホかぁ!!せやったら、○※◇×◎・・・!」
すっごい夫婦喧嘩である。しかし、子供はあまり動じていなかった。
まあ赤ちゃんは当たり前だが、小1の子を見ていると、まさに「しあわせ家族」である。
にもかかわらず、夫婦喧嘩は続いていた。
そして、夫婦は喧嘩をしながら、子供をつれてカラオケボックスへと入って行った。
・・・えっえー!!カラオケ行くの??
この状態でも歌うんかぁー!!
この家族が仲良くしてくれることをお祈り致します。 |
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