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■■ボツギャグ(2002/1/4)
今日は「落語マニア」的な人しかわからん日記かもしれません・・・。
落語の稽古をしていると、「しょうもないギャグ」が生まれる。
それは、時には採用されたり、時には採用されなかったりする。
私がボツにしたギャグを紹介しましょう。
そのネタを知らない人は、見ないで下さい。
(また思い出したら増やします。)
@「兵庫船」
(↑最近、覚えてる。映画「End of Days」を意識して演ります。)
フカに魅を入れられた者を調べるため、順々に持ち物を海に投げ込むシーン(持ち物が沈めば、その人は生け贄としてフカに食われなければならない。)
A「ほな私から流しまっさ。私は、このセンスを流します。無事、流れとくなはれや!ひのふのみっつと!(ドドン、ドドン、ドドン・・・)あー流れた、流れた!! 次どうぞ。」
B「ほな次、わたいがいきまっさ。わたいは、この手拭いを流しまっさ。うまい事流れてくれよ!ひのふのみっつと!(ドドン、ドドン、ドドン・・・)あー流れた、流れた!!次どうぞ。」
C「ほな次は私が流しまッさ。ホナ私は、この見台を流します。ひのふのみっつと!(ドドン、ドドン、ドドン・・・)あー流れた、流れた!!やっぱり、木やから流れた!」
@天神山
花見代わりに墓見に行く「ヘンチキのゲンスケ」と、町内の若い者との会話
若い者 「ほいで、手に持ってるのは?」
ゲンスケ「こら、“し瓶酒のオマル弁当”じゃ」
若い者 「し瓶は、未使用ですか?」
ゲンスケ「よう使いこんどる」
若い者 「オマル弁当の中身は?」
ゲンスケ「そら勿論、カレーじゃぁ」
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■■ある1日に起きたビックリしたこと(2002/1/7)
ある落語会の打ち上げにて、年令の話になり、
たま「この世界の人は、皆若いですよね。Nさんはいくつですか」
N氏「俺は42」
M師「えっえー42なん!」
N氏「そうですよ、“今日”は厄年ですから」
全員「えっえー!!“今日は厄年”なんか?!ほな昨日が前厄で、明日が後厄なんか?!」
・・・突然の出来事で、驚きました。
@帰宅後、インターネットをしていると、「米朝師匠のプロフィール」を発見した。
その中で・・・、
昭和22年7月(22歳)四代目桂米団治に入門
ほどなく大阪北新地で初舞台。演目は「高津の富」
・・・えっえー!!初舞台が「高津の富」!!そんなん、未だに演ったことない!!
やっぱり米朝師匠ってすごいなぁ・・・。
@「百人一首」について調べていると、みんなに嫌われている「蝉丸(せみまる)」が、実在の人物ではなかったのです。そして、またその事実にもかかわらず、「蝉丸の墓」は実在していることに驚きました。(だからどうということもないけど)
調査の結果、やはり、どこの御家庭でも、「蝉丸」の札は、シワクチャのヨレヨレで、「坊主めくり」のときに、「次が蝉丸」というのがスグわかるようです。
(私の家だけではないのね・・・。)
都師匠の落語会で最後に「お年玉抽選会」をしはった。
都師匠「では、続きまして、この商品は、あっ!!このバッグね、これ持つとこ、ヒモちぎれてんねん!!当たった人は、家で修繕して!!」
・・・どんな景品や。(会場、舞台袖、ともに爆笑!)
一同「リサイクル市やがな。」
↑新春そうそう、これもビックリしました。
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■■ケーブルテレビ(2002/1/12)
ケーブルテレビは、私の家には無い。
加入している家が羨ましい。先日、ケーブルテレビに加入している家で、ケーブルテレビの番組欄を見せてもらった。
やっぱり普通のと違っていた。
あるチャンネルでは、ある日の昼から夜までは、ずっと、
「丹波哲郎の大霊界」だった。(シリーズを順に流していた。)
(まあ時折「時代劇」を12時間ぶっとおしで放送する民放もあるけどね。)
また、あるチャンネルでは、朝の7時か8時から「ルーシーショー」をやっていた。
そしてその直後が「奥様は魔女」だった。
またそのチャンネルは、しばらくの間、連日、朝一番から「Mr.Boo!」だった。
そこの家で見せてもらった番組「ワイルドオン」はすごかった。
(あまりにも素晴らしい番組なので名前も覚えた。)
多分、アメリカのテレビ番組で、世界の都市を紹介する情報番組である。(←落語の「旅ネタ」のジャンル)
しかし、スポットの当て方がすごい。
東京であろうが、ハワイであろうが、ブラジルであろうが、メキシコであろうが、紹介する都市全て、「眠らない街」なのである。
(私は2つの都市しか見ていないが、いつも、そのようだ。)
まず最初は、だいたい「海岸風景」から始まる。
その海岸では、「カップルがお互いの水着を公衆の面前で交換し、着替えるスピードを競うコンテスト」「目隠しで、彼氏のお尻を触って当てる大会」「全裸でバンジージャンプ」などが紹介される。
しかし、その大会の「主催者は誰なのか?」「目的は何なのか?」は、全く不明である。しかも賞品も出ないのに、見知らぬ者同士が「裸のコンテスト」をしているのである。
そこからわかるのは、「世界中のどの海岸は=裸/SEX」という事である。
(しかも誰一人として恥ずかしがっていないのである。真っ昼間なのに!)
次に「夜=ディスコ」を紹介される。そしてインタビューを
された人は、必ず、「まだまだ、これからだよ!!みんな、オールナイトだよ!!毎日来てるよ!」
などと言う。←「お前ら、仕事は無いんか?」という感じである。
ちなみに東京は、海岸風景はなかったものの、「インターネットで、バーチャルセックスができる装置」を売る店を、電気屋街の有名スポットとして、紹介していた。
海外のおもしろテレビを見られるのは非常におもしろい。
ケーブルテレビって本当におもしろそうだ!!
(ひさしぶりの「日記」のわりに、「盛り上がりの少ないネタ」でごめんなさい。)
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■■通い弟子時代(2002/1/14)
今日は「こごろう独演会」に見学に行きました。
御来場して下さいましたお客様、本当にありがとうございました。
(↑まあ私は、米朝一門と違うんですけどね。)
こごろう兄は、マクラで内弟子修行中の話をしておりました。
ということで、今日は私も「通い弟子」中の話をします。
@なぞのカーペット
入門直後、師匠は、2部屋、カーペットを新しくしました。
(私もそのカーペット交換のお手伝いをしました。)
それから3日後、私がいる部屋の新カーペットの一部に、奇妙なシミ(地図のような模様)が出来ていました。
師匠と話をした結果、「誰も何もこぼしていないにもかかわらずシミが浮いてきた」ということがわかりました。すると師匠は私に言いました、
「これは、お前の怨念や。」
・・・どういうこっちゃ??まあ「修行の辛さ」の精神(気)が、カーペットに影響したということなんでしょう・・・。
しかし、今だに「シミの原因」は不明です。
(ちなみにもう1つのカーペットにもわずかながら、同様のシミは発生しました。)
@気のきかない弟子
本当に私は気がきかない弟子でした。(今でもそうである。)
奥さんは花好きで、家には、数個の花瓶に花が活けられています。
ある時、奥さんが田舎に帰って1週間ほど留守にしました。
その際、私は、いつものように掃除していました。
まさに“いつものように”だけだったのです。
当然、花は枯れます。しかし、私は全く気付かないのです。
そのメチャクチャ枯れた花が入った花瓶を、いったん、空中にあげて or 横へどけて、雑巾をかけているのに、私は全く気付かないのです。
・・・おかしいやろ!!見たらわかるやろ!!今から考えると、当然、私も「おかしい」と思います。
しかし、当時、その時の私には、「移動すべき花瓶」は目に入っても、枯れた花は認知できなかったのです。
自動車教習所的考えなら「駐車しているトラックの陰から出て来たボールはわかってたけど、その後ろの子供は轢いた」と同じであろう。そらアカンわなぁ・・・。(当然怒られました。)
「花」についての追記:
うちの師匠と奥さんは、本当に仲が良いが、時折、「逆方向」を示す。
「花」について私が奥さんに・・・、
たま「(師匠の家の)ほとんどの部屋に必ず花ありますよね。師匠も花のこと、詳しいし、師匠も花好きなんですか?」
奥さん「ていうか、私が好きやから、福笑も好きやねん。」
隣の部屋から師匠が
福笑「何や?何か俺のこと言うたか?」
奥さん「いや、私がお花好きやから、お父さんも、お花好きやろ?」
福笑「俺はキライや。どっちか言うたら、机に花びらとか落ちて邪魔や。」
・・・あまりの逆のコメントに、私は笑ろてええのか困った。
☆もっと「気のきかない弟子」「物を破壊する弟子」話は、ありますが、「笑えない」をはるかに越えて「なまなましい」話ですので、時期を考えて発表します。
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■■なぜそうなるのか?(2002/1/16)
日常「なぜそうなるのか?」という、不可解にもかかわらず、四六時中起きる出来事が存在する。
有名な例では、
「必ず、イスやタンスに足の小指だけ、ひっかける(ぶつける)」というのがある。
・・・まあ、これはある意味良い。「小指までは、自分の体の把握ができないからなのだろう」と私は納得している。「納得」のぶんだけ、
“やり場の無い怒り”は減少する。
以前は、“やり場の無い怒り”から、そのへんの物をドツいて、手をいため、怒りを増幅させたものである。
このような事件は、日常茶飯事である。
風呂から上がった瞬間に、用意していたタオルや下着などが、洗濯機と壁の狭間に落ちる。
(もしくは、小物が、洗面所と壁の隙間に落ちる。)
・・・せっかく体を“キレェ”にしたにもかかわらず、その狭間にある物体をとることで、手がホコリだらけである。しかも、風呂上りなので、手はよく湿っていて、いっぱいホコリを付着させるのである。
この時、発狂しそうになる。体全体が不衛生になった気である。
・スリッパで階段を駆け上がると、必ずひっかかって、弁慶を打つ。
・その際、激しく、のたうち回って悶絶(絶叫)しているのに、家族は、それに気づかない。
・また、「弁慶」を打つことなく、ただずり落ちただけのときに、家族全員で、かわりバンコに「大丈夫?」と聞いてくる。(「大丈夫や!ちゅうねん!」「うるさい!」と思う。)
・家族共有して読むような漫画(かつては「代紋part2」)は、自分が単行本を買って買えると、誰かが既に買っている。
・漫画「JINGI」(立原あゆみ作)は、最新刊が何巻なのかわからない。(最新刊を手にするたびに、その前の2巻ぐらい読みなおさないと理解できない。)
・自分が携帯でメールを打ち出すと、誰かから電話がかかり、もっぺんイチからメールを作成しなおさねばならない。
・自分がご飯を食べようとすると、メシがまだ炊けてない。
・お茶漬けを食べながらテレビを見ると、こぼす。
・最近、耳かきは、すぐ見つかる。
(ツメ切りもすぐ見つかる。昔は「耳かき」「ツメ切り」は使いたい時には見つからず、普段、始終見かけたものである。)
☆他にも日常、「なんかわからんけど、こんなことある!ある!」ってこと、ありますよね?(あれば、掲示板で発表してください。) |
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■■父親と風呂(2002/1/17)
いきなり問題です。
この「父親と風呂」は、ある有名な小説の題名のもじりですが、さて、その小説の名前は何でしょう?
答えは、この「父親と風呂」の最後です。
それはともかく、「父親と風呂」について・・・、
(下のコラム:「なぜそうなるのか?」の続編ともいうべきことだが)
・うちの父親が、誰にも“自分が一番風呂に入る”と告げずに「一番風呂」に入ると、必ず「あ゛ー!!」と絶叫する。
彼が一番風呂に入る時、風呂の中は、まだ「水」なのである。
いつも、まだ洗う前の風呂で「湯ゥ」ではない。
いきなり彼が浴槽へザブーン!!
→中が「水」
→飛び上がって絶叫:「あ゛ー!」「つめたァー!!」
・・・しかし、ここで誰もが思うことがある。彼は「かけ湯」をしていないのだ!!
かけ湯してたら、「水ブロ」に入る前に気付くはずである。
かけ湯もせんと飛び込むから、飛び上がるのだ。
しかし、彼は、その間違いに気付かず、この行程をしばしば、くり返している。非常に不可解である。
ちなみに、家族の皆は、よく「彼に学習機能は付いていないのか?」ともらしている。
最初の問題の答えは、ヘミングウェイの「老人と海」です。
(読んだ事ないけど・・・。) |
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■■奥深い研究(2002/1/19)
大学の研究で、「人間科学」というジャンルがあるそうである。
よく知らないが、「人間の生態/神秘」などを科学するのだろう。
ある大学の「人間科学」の研究では、「猿」を人間のモデルとして使用したりするそうだ。
昔、その研究をしている知人に話をきくと、猿に“電気ショック”を与えたりしていると言っていた。
・・・どんな研究やねん?!それは何に役立つのか、よくわからなかった。
まあ素人にはわからないが、何か重要な事なのだろう。
研究テーマは「人間科学」であるが、研究者は、ずっと「猿の研究」をしているのである。
「猿」から、なかなか「人間」には到達しないらしい。
「猿」があまりに奥深いため、研究者は、皆「猿の研究」で一生を終えるのである。
(そういえば、私も大学の一般教養科目で「人間行動概論」みたいな授業をとったが、内容はチンパンジーの生態だった。
「猿は、鏡を見ても、なかなか自分と理解しない」というような話をしていたなぁ・・・。)
本当に「奥深い研究」であるが、どこか間違っているようにも思う。自分が突き進んでいる道が、最初から脇道の状態である。
私も、落語でそんな道を進んでいるような気もするが、進んでしまった以上、最後までその奥深い道を歩むつもりである。
たとえ、私の研究対象が「オランウータン」であっても・・・。 |
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■■USJ(2002/1/21)
先日、USJに行って来た。
もっとも印象的だったのは、USJの土産である。
ぬいぐるみ類は、別にどうということもなく、自然だった。(ただ、E.T.のぬいぐるみは、あまりにリアルで不気味だったが。)
一番すごいのが、「USJまんじゅう」である。
・・・USJ“まんじゅう”って・・・。
「ユニバーサル」なのに「まんじゅう」なのか?
裏を見ると、製造元は「亀井製菓」である。すっごい純日本風やな!!
ただ、正式名は「スケルトンまんじゅう」で、肩に「USJ」と書いてある。
黒い楕円形の箱には、「ターミネーター2」のアンドロイドの顔(ドクロ状)がリアルに刻まれ、いかにもユニバールである。
中身は、釣鐘まんじゅうの「釣鐘」が「ターミネーター顔」になっているだけである。
(まあ、逆に味は慣れているので、食べやすく、うまい。)
しかし、「ユニバーサル」と「まんじゅう」が合うてないなぁ。
外国語の落語で、「スリジャヤワルダナプラコッテの甚兵衛はん」ぐらい不自然だ。
同様に愉快だったのが、「USJ スヌーピー“八ツ橋”」!!
「USJ スヌーピー」の冠だが、「八ツ橋」である。
もちろん、京都の八ツ橋である。
「USJ ゴーフル」!!
もちろん、神戸風月堂である。
非常にアンバランスだが、まあそんなものだろう。
愉快でシャレているではないか。
ちなみに、USJで遊んだ後、慣れない遊びで数日後、エライ熱が出た。(今もしんどいです・・・。)
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■■救急病院(2002/1/23)
「今年の風邪はきつい」と、毎年聞くが、意外とそうかもしれない。
最近、私は熱が出ると、病院で座薬を入れてもらうまで、汗もかかず、そのためずっと熱が上がりっぱなしになる。
毎回、高熱にもかかわらず、「さぶいー!さぶいー!」と私は叫び、「このまま死んでしまうのではないか?」という大ゲサな考えが頭を渦巻く。
先日も私は、USJの疲れから出た熱(37.7℃)で眠れず、夜11時頃、救急病院に行った。
待合室で、私の前に座った老人は、隣のメモをとっている男性に自分の伴侶の最後について語っていた。
老人「(おばあさんは)いつもみたいにね、テレビの前でソファーに座って目ぇつむってたんです。まあいつも通り寝とんのかいなぁー思てたんです。ホイデ、ご飯を一緒に食べようと夕方6:00ぐらいに、起こそうとしたら、もうあきまへんでしたんや。・・・」
この話を隣の男(医者?刑事?)は、熱心にメモをとっていた。
・・・しかし、午後6:00に死亡したのに、どうして夜11時頃まで調書をとっているのだろう???
それは、よくわからない。
その老人の口調では、確実に夕方の死を告げているのだが、ひょっとすると、今「手術(処置)中」なのかもしれない。
夜中の救急病院は、結構、急患が多いようである。
病院に到着10分後、非常に若いお医者さん(まさに“インターン”とでも言うべきような医者)が、私を丁寧に診察した。本当に“バカ丁寧”なぐらいの診察である。
「頼むから早く注射でも点滴でもええから熱を下げてほしい」と思った瞬間、看護婦が医者を呼びに来て私に言い放った。
医者「すいません、救急車で急患が入ったので、“しばらく”お待ち下さい。」
私は、自分が救急車で運ばれる程の重病で無い「負い目」から「どうぞ」と言わざるをえなかった。
しかし、その医者が考える“しばらく”は、30分以上だった。
その間、私は
「ひょっとすると、あの老人の伴侶に心臓マッサージをしているのかもしれない」
と思い、私はひたすら、しんどさを我慢した。
そして、若い医者が、ようやく戻って来るなり、
「すいません!もうしばらく待って下さい!!」
さすがの私も「ええかげんにせぇよ!!」とキレたかったが、
「もう診察はええから、頼むから、注射か何か、処置だけしてから行って下さい!」と懇願した。
すると、
医者「いやー、この状況では注射も点滴も打てません。ほな、薬を出します。その代わり、薬を飲んでも、38度を超える場合は、また来て下さい。」
私は薬をひったくるようにして病院を後にした。しかし、帰って2時間後、38度を超える熱が出たため、また同じ病院の同じ医者に診てもらった。私が「頼むから、とにかく熱を下げてください」と
哀願すると、
医者「わかりました。ほな薬を変えます。ただ、副作用が出ますけど良いですか?」
・・・ええわけないやろ!!ええわけないやろ!!
たま「ちょ、ちょ、ちょ、ちょー!どんな副作用ですの?!」
医者「いや、すこしホッシンが出てかゆくなる程度です。まあ滅多にでません。」
たま「ほなそれで!!」
薬は「座薬」で、看護婦は、どういうわけか、私に「座薬は自分でいれてください」と強要した。
私の「尻」に何かしら不愉快を感じとったのだろうか・・・。
(初対面であるにもかかわらず。)
しかし、私が座薬を入れ、その病院から出る時でも、待合室で老人の話は続いていた。
注:あ゛ー!!実は、この「日記」書いてる時も、37度はあるんですー!!しんどいー!!。
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■■IZUMISANO CITY(2002/1/25)
私は泉佐野に住んでいます。
泉佐野市の全てではないにしても、私の住んでいる近所の様子を紹介します。
@近所の猫
最初は、夜中に、赤ちゃんが夜泣きをしているのかと思っていた。
調べてみると、近所の猫の鳴き声が、「おがぁーちゃーん!!」なのだ。近所の誰もがそう聞こえるらしい。
しかし、聴覚では、赤ちゃんが泣きながら母親を呼ぶのに、「おがぁーちゃん!」と叫んでいるように聞こえる。
@近所の犬
どこからやってくるのかは不明だが、うちの近所を犬の散歩コースにしている人が結構いる。
しかし、どの人たちも、犬にもちろん首輪をつけているのだが、ヒモを首輪からはずして、そのヒモを束ねて手に持っている。
………意味ないがな!!意味ないがな!!ヒモはずして危ないやろ!!
その愛犬家の中には、1匹だけでなく、数匹の犬を引き連れている愛犬家もいる。もちろんヒモなしで!!
その犬達は、ドラクエのようにキレェな隊列をなすことはない。
愛犬家の身体の周りを数匹の犬が、グルグルグルグル動めき輪を描き、時には、1匹2匹がその輪から飛び出したりしている。
その様は、ほとんどアニメや映画に出てくる悪者の妖術使いが、自分のぐるりを化け物や亡者を渦巻ませている(うごめかせている?)かのようである。
しかもその愛犬家達は、「うちの犬は賢いから噛まないの」などと言うような、普通の“バカ愛犬家”とは違う。
彼等は、指で標的を指差し、
「さぁー獰猛な犬ども、噛めぇー!!もっと噛めェー!!フハハハハハーー!!」とでも言わんばかりの
アグレッシブな“バカ愛犬家”である。
他人の田んぼに自分の犬を「さぁー!!いけー!!」と言わんばかりに解き放つ。
非常に危険だ。彼らの頭の中身も非常に危険だと思う。
ある時、私は3匹の獰猛犬(盲導犬ではない!)を連れた男と道端で遭遇した。どの犬もデカイ。そのうちの1匹で、
シベリアンハスキーをちょっと小ぶりにした獰猛犬が私に吠えまくり追いかけてきた。
私は逃げる、逃げる、逃げる。犬が追いかける、追いかける、追いかける。逃げる逃げる、追いかける追いかける、逆ギレで「あ゛ー!」と行って振りかえって犬に威嚇!!
犬が「フゥーン!」と行って後退(←びびっとんねん)。
そのすきに逃げる逃げる。犬は、飼い主の前に戻ったという事件がある。
しかしこの事件は、私がローソンから家に帰ろうとした時に私の“自宅前で”起こった事件である。
当然、犬と飼い主は、私の自宅前でおり、私は、自分の自宅を遠巻きに眺めていた。
そして私は、もう一度、犬との攻防があって後、自宅についた。 |
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■■「三感四音!」の共演者に対して(2002/1/28)
「三感四音!」の前売りは、ほぼ完売しました。
ありがとうございました。ここで、この会の共演者に私が、少しだけ申し訳なく思う事があります。
それは、知らない人にとっては、「共演者の力量は、それぞれのジャンルで(もしくは何かの観点で)ほぼ同等だろう」と錯覚しうるということです。
具体的には、「落語界状況のみを知る者」にとって、フリック・フラックさんと村富満世さんは、「ダンスや津軽三味線業界で、どうせ笑福亭たまと同レベルの奴なんだろう」と思う可能性があるという事です。
実際、イベントの名前で、「伝統芸能!○○と●●の競演!」とあれば、○○と●●は、技術/集客/キャリア/知名度/
ギャランティ/どっちも人間国宝などの何らかの観点で「同レベル」である場合が多い。
それは、興行師(イベント企画者)が、そう考えるからこそ、イベントを組むからである。また、そういう状況でないと、
○○も●●も、“二枚看板として”は、承知しないのであろう。
(しかし、イーデスハンソンさんは、枝雀師匠と、どういう観点で同レベルだったのかは私にはわからない・・・。)
今回の場合、私は、この4月でちょうど入門4年になるだけだが、私の競演者はというと、津軽三味線の村富さんは、全国大会で何度も入賞しているし、フリック・フラックのリーダーは、元エアロビクスの世界チャンプなどである(他のメンバーも凄い!)。
私とまったくツロクしていない。
どのレベルをとっても、同じでは無いだろう。
(普段のギャラも、それぞれ随分違う!)
そういう意味で、共演者の格をおとしめている可能性について、私はちょっと負い目を感じている。
では、なぜ我々が共演できるのか?
それは我々が、「友情」で結ばれているからだ。
まるで「キン肉マン」である。
実際、誰かがキン肉マンで、誰かがキン骨マンで、誰かがテリーマンである。ひょっとすると、キン肉マンの人は、キン肉マンでなく、イワオかもしれないが・・・、じゃぁミート君は誰なんだ???
まあ大成功になればええなぁ・・・。 。 |
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