■■銭湯バンザイ!!・その1(2001/03/26)

先日、久しぶりに風呂屋に行った。(閉店間際の出来事だった。)昔の銭湯は、「底が浅い風呂」「底が深い風呂」「水風呂」がスタンダードだったと思う。「電気風呂」(絶対ネオンが入ってる)があると、ちょっと洒落た風呂屋という感じで、「サウナ」のあるとこはすっごい近代的な感じがした。先日行た風呂屋は、上記5つに加え、「ジェットバスの風呂」と「薬草風呂」があった。しかし、そこは、割と古い風呂屋らしい。(ただ、「およぐな!」と書いた「子供が遊泳している絵」はなかった。)私は「薬草風呂」に入ることを心に決め、とりあえず頭と体を洗った。そして洗い終わった後、「薬草風呂」にひょいと目をやって驚いた。35歳ぐらいの男性が「薬草風呂」に先に入っているではないか!!しかもその人は、「薬草風呂」に腰まで浸かり、アソコの毛の右側を右手で、左側を左手でつかみ、上下運動しているではないか!!つまりアソコの毛を洗濯しているのだ!!非常にリズミカルな運動である。「フン♪フン♪フ〜ン♪」という鼻歌を歌いながら!!そんなとこに入れるか!?・・・入れようはずもない。私はあまりのショックに、呆然として彼を見つめていた。・・・今から考えると、そんな彼を見つめている私も(私は?)変態ではないか!!しかし彼は、そんな私と幾度か目を合わしたにも関わらず、その「洗濯“下毛”上下運動」を繰り返した。まるで風呂屋での「勝利」を確信したかのように!!心なしか「フン♪フン♪フ〜ン♪」がより大音量になってる気がした。私は仕方なく、「ジェットバスの風呂」へ入ることにした。すると突然、ジェットバスが機能しなくなった・・・閉店時間である。閉店時間になり、「ジェットバス」「電気風呂」はただの「風呂」になった。(「サウナ室」の電気も消えていた。)まだ、お風呂やさんのお情けでしばらくは入浴することは出来るのだが、「お楽しみ風呂」は利用不能である。その中で唯一、「お楽しみ」する事ができるのは、「薬草風呂」である。私は「敗者」であった。35歳男性は、私が自分の敗北を悟ったときも、「フン♪フン♪フ〜ン♪」という鼻歌を歌いながら、上下運動を繰り返した・・・何か目指すものがあるかのように。

■■銭湯バンザイ!!・その2(2001/03/29)

「銭湯」(4時から5時ぐらいの時間帯)に行くと、必ずと言っていいほど「体に絵を描いた人」(自由業の人)がいる。ちなみに私は、子供時代、「新開地」に住むおじいさんの所へ、よく遊びに行ったが、その付近の銭湯では、どの時間帯でもそんな人がいた。しかも、そのおじいさんも「桜吹雪」の刺青をいれていた。まあ職業も「高利貸」やったんやけどね(実話)。なぜ「がまん」をいれた人たちが多いのか?それは、「自分の鮮やか な絵を皆に見せたい」or「自分は刺青をいれてる凄い奴である事を皆に 知ってもらいたい」という、いわば「露出狂的欲求」を満足させに来るのである。しかし、親分クラスになると、さらなる娯楽を求める!!「民間人との対話」である。昔、こんなことがあった・・・。

親分「兄ちゃん、何してんの?」

たま「学生です。」(当時、大学生)

親分「ほー、どこの大学?」

たま「京大です。」

親分「ほー、優秀やな。アルバイトかなんか、してんの?」

たま「はい、家庭教師のバイトしてます。」

親分「あそうか。兄ちゃん、“アルバイト”は、ドイツ語で“労働”ちゅう意味なんやで。知ってた?」

たま「・・・・あ、そうですか。知りませんでした。」(ほんまは知ってたけど。)

親分「そうか、もっと勉強せなあかんで。ほなな。(ザパーン)」

・・・何が言いたいねん。訳がわからん。しかし、「親分」が民間人に何か言っても逆に「洒落」になる。時折、風呂屋の常連などが「してはいけないジョーク」をしたりする。ある時、常連とおぼしき「トラック野郎」風の兄ちゃん(これも結構、いかつい)が、「一見さん」の私をからかった。(その時、勿論、極道も数人、入浴。)「トラック野郎」が体を洗っていた付近に私のタオルがあったので、私は、邪魔にならないようにそのタオルをのけようとしたその時、トラック野郎「あっ、ここ兄ちゃんの場所やった?ごめん、ごめん。ゆるしてな。俺の小指、落とすとか言わんといてな。」・・・・聞こえたらどないすんねん!!「極道」が言うたら洒落やけど、「極道」の近くでいてる人が言うたら洒落ちゃうやろ!!・・・本当に「銭湯」っていいもんですね。(水野晴夫のようにここは読んでください。)

■■すごいぞ!お茶の水博士!!(2001/04/01)

先日、NHKの「視点論点」という番組で、お茶の水大学教授の藤原正彦先生(多分、こんな名前やったと思う)が、「今こそ詰めこみ教育を」というテーマでいろいろ漫談をしていた。

先生の主張:学級崩壊・学力低下の原因は、子供達の「やる気・根気のなさ」である。そしてこの原因は、間違った「しつけ」「道徳」「教育」などにある。つまり誤った教育観が、「やる気や根気のなさ」を生み出している。子供達を「根気強い人間」にするために、「詰めこみ教育」をすべきである。 番組内の先生の主張は凄い!!

先生「やりたくないことをやるから、辛抱強くなるんです。漢字の暗記、つまらないですね〜。でもやるんです。」

・・・「漢字の暗記はつまらない」と断言するとは!!すごい!!お茶の水の教授なのに!!NHKなのに!!

先生「計算問題の反復練習、これもつまらないですね〜。でもやるんです。」

・・・その通りだけにすごい。「裸の王様」的コメントである。私はテレビを見ていて爆笑してしまった。(このとき、食べてた唐揚げを思わず、吐き出した。)私は先生の意見に大賛成である。教育機関は、「官僚養成」を目的としているんだから、「詰めこみ」にすべきである。この教育機関で、「やっていけないと感じる人」は、「官僚」に適さないということである。そういう人は別の職種にいけば良いだけの話である。パーマ屋さんになりたい人が「大工さん養成学校」に行って「悪い成績」をとってもかまわないのと同じだ。だいたい、「ゆとり教育」は、「学業において優秀な生徒」の能力向上の妨害になる。彼らはもっと吸収できるかもしれないのに、時間を無駄に過ごさせる事になるではないか。また「在籍しているが、学校教育をあきらめている生徒」は、学業を放棄しているので、最初から「ゆとり教育」なのである。彼らは十分「ゆとり」をもっている。これ以上やってどうすんねん!!教育機関は「詰めこみ教育」をすべきであり、“只”「勉強を理解したいのに理解できない生徒をフォローする」ということが大切なのである。まあ補習とかで、放課後にやりたい者が残って各自いろいろ勉強し、先生が教室を巡回し、個別指導するとか・・・。今日はなんて良いことを言っている「たま日記」なんだろう!!「偏差値問題」もそうだ。「偏差値」などは撤廃すべきでない。「偏差値」は、「自己の学力が集団の中で、どの位置にあるのか(どれほど優秀か)」をしめすものである。だれも「人格」「人間性」の評価などと言っていない。「撤廃すべき」という奴が「変な差別」をしてるのである。「偏差値」を撤廃しといて、100M走のタイムを計るなんて、おかしいじゃ ないか!!

■■「本当の日記〜昨日の出来事〜」(2001/04/14)

『本当の日記』・・・何か日本テレビの「ストーリーランド」(アニメ)に出てくる老婆の話みたいである。(この老婆の話は、シリーズ物で、全部『本当の・・・』という話である。)まあ今回は一日の主だった出来事を書きます。(ひょっとすると初の日記?)

昼頃:電車にて「情けはヒトのためならず」『情けはヒトのためならず』のことわざの意味は、

1.(本来の意味)情けを他人にかけてやる(つまり他人を助けてあげる)と、結局それは自分に帰ってくる。だから他人に情けをかけてあげなさい。

2.他人に情けをかけてあげると、その人のためにならないので、他人に情けをかけてあげるべきではない。

の2つある。今日、私は南海電車に乗っていた。ちょっとウトウトしていた。ある駅で電車が止まった時、私の隣に座っていた男性(この人も寝てた)が、バタっと立ちあがり、「ここどこや!!」と寝ぼけ眼で叫んだ。車内の誰もそれに答えなかった。南海電車を愛用している私は、窓から車外の様子を見て即座に男性に「新今宮です」と教えてあげた。すると男性は、即座にホームへ飛び降り、ズカズカと去っていった。私に一言のお礼も言わずに・・・。だいたい「ここどこや!」などと慇懃無礼なものの言いように私は最初から腹を立てていた。しかし私は親切心で教えてやった。何か釈然としないものを胸に抱きながら、その男性の歩き去る様子を見て思った・・・「ここは天下茶屋である」と・・・。「しまった!」と思い、ふと周りを見ると、車内の人全員が、私に「間違えたことを教えた奴」という烙印を押していた。隣に座った女性の視線が熱い。私は、思わず「あ!ここ天下茶屋やったんや」と、みんなに“聞こえないようでいて、しかも聞こえる独り言”を言った。これは、ある意味、「情けはヒトのためならず」かもしれない。ひょっとすると、「情けをかけると相手の迷惑になるので、情けをかけないほうが良い」という意味(新解釈)がいずれ生まれるかもしれない。

夕方:落語会にて「つく枝兄さんはやっぱり凄い!!」
ある落語会にて最近「酒癖が悪くなった」先輩落語家A師について、諸先輩がたが「どれほどA師の酒癖が悪いか」について、発表しあっていた。(もちろん、A師とその諸先輩がたは本当は仲が良い。落語家の場合、本当に嫌いな人の名前は、話題にも上らない・・・らしい。私は嫌いな噺家がいないのでそのへんは正確には不明。)そして、つく枝兄さんの番(?)になり、つく枝兄さんが「こないだA兄さんに落語会の出番をお願いしたんですよ。ほなA兄さんが“何で俺をよぶねん!”て言うんですよ。せやから“出てほしいからです”て言うたら、“なんでや!”“なんでや!”言うてきけへんのですわ。ほいでA兄さんが、“俺はお前らを意識してんねん!!落語で負けへんからな!!”て酒飲んで大声で言わはるんで、僕が、“A兄さん、そんな勝ったとか、負けたとか、そんなん関係ないですよ。負けたから言うて、次の日から舞台に立たれへんわけやないし。僕はそんな、兄さんの事、意識してないですし。”言うたら、“お前は俺のこと意識してないんかあー!!”言うて、ホンマにどっからでもからんでくるんですよ、感心しますわ。」・・・「感心する」のか!!それのほうが「感心」である。さすがである。私は聞いてて、「つく枝兄さんの人間の大きさ・優しさ・寛容さ」をあらためて知った。この兄さんは凄い!!ホンマに「けなす」ことをしない人である。ここでも結局『誉め』ていた!!ええ人や〜!!

夜の部:「ディレクターからの電話」これは、来週月曜日放送のラジオ関係の『話(ギャグ?)』なので、またその放送が終わった後、書きます。(ひっぱるな〜、でも実際は、ひっぱるほど大層な話ではないので、ご注意。)

■■ディレクターからの電話・上の続き(2001/04/17)

16日(月)のラジオ大阪で「クローン、遺伝子操作、品種改良の違い」についてレポートした。そこで取材協力してくださった京大農学部の伏木先生との会話。

先生「そんなクローン食品や遺伝子組替え食品よりももっと危険な食品が 世の中にはあるからね。」

たま「それは何ですか?」

先生「んー、・・・くさった魚とか。」

・・・なんやそれ!!なんやそれ!!これは、私のラジオでの1つのギャグポイントだった。私はいつも事前にディレクターに「おおむねの発言内容」をファクスで提出し、そのディレクターに放送禁止用語や放送にふさわしくないコメントがないかどうかチェックを受ける。(ちなみに私は先日、危険発言をする傾向にあるということで、プロデューサーに叱られたとこである。)そのファックスを流した後、ディレクター(以下D)から電話があった。・・・・「注意」「質問」「変更」みたいなことである。

D「もしもし、たまさんですか」

たま「はい、何ですか?」

D「この、“もっと危険な食品”で“くさった魚”というところですが、この“くさった魚”というのは“食品”ではないと思うんですが、どういうことですか?」

たま「いや、あの、どう言うことといわれても・・・。」

どんなチェックや!!そんなとこチェックしてどないすんねん!ラジオも大変である。
■■つく枝兄宅への訪問(2001/04/22 )

先日、つく枝兄のお宅へお邪魔した。(本当に『お邪魔』という感じだった。)つく枝兄はわざわざ自転車で最寄駅まで迎えに来てくれた。「何と優しい先輩なのだろう!」と感激しながら、つく枝兄の自転車に目をやると、「ワッカになったカギ(盗難防止用)」が3つもついていた。もちろん、普通に車輪用のカギも別に1つ付いていた(合計、カギは4つ)。

たま「カギが仰山、ついてますね。」

つく枝兄「この辺はやっぱり物騒やからね。これ(ワッカ1)は、前カゴが盗られへんようにハンドルとつないだあって、これ(ワッカ2)は、車輪用で、これ(ワッカ3)はサドル盗られへんように やねん。」

たま「ええ、前カゴなんか盗られるんですか?」

つく枝兄「盗られるよ。すでに何遍か盗られたからね。」

たま「ほな、サドルなんか、勿論、盗られるでしょう?」

つく枝兄「盗られる、盗られる。ここら、サドル盗人が多いから。」

・・・サドル盗人!!凄い響きの単語である。「サドル盗人」って、何や落語のネタでありそうな名前である。その時、すでにそう感じていたが、あらためてここで「サドル盗人」と打ちこむと、まさに落語のネタでありそうなタイトルである(しかも小佐田定雄さんの)。つく枝兄の自宅では、奥さんともども、後輩の私を「客人」として、大変、手厚くもてなしてくださいました。お兄さん、ごちそうしてくださいまして、ありがとうございました。私は、お兄さんから、前々から頼んでいた落語のビデオを二本貸していただきました。すると、お兄さんは、絶妙な話の運びから、

つく枝兄「こないだ、○○さんに△△△を貸したら、お礼に★★★をくれはってん。やっぱり、○○さんは、如才がないなー。」

私は思わず、
たま「あのー、それは私に“何かくれ”ということですか?」

つく枝兄は、「ア、ア、ア、アホ!違うがな!!」

とおっしゃっていました。きっと本心だとそう思います。しかし、こういうとき、礼儀として「どうしたものか」と考えてしまうものです。ここは、やはり、人間の礼節として、つく枝兄さんには何もしないでおこうと思っております。(さあ、結局どうするかは、皆様のご想像にお任せします。)帰り際にお兄さんに、“お兄さんが毎日欠かさず書いている”という「死ね死ねノート」を見せてくれるように頼んだが、断られた。どれぐらい日参すれば見せていただけるのかは不明だが、ぜひとも私が死ぬまでに見たいものである。訪問中、お兄さんは、私を非常に暖かく迎えてくれたので、きっとその時の私の事もノートに「死ね!死ね!」と書いているにちがいない。(お兄さん、ごめんなさーい!!)本当は、お兄さん宅で聞いた様々なお話をここで紹介したいが、ある意味、「天皇問題」よりも危険なお話なのでご紹介できません。「本名を襲名するのか?!」「この話は、我々がせずとも、他の人がやってくれるやろう」「さまざまな落語家の体臭と汗」「唐揚げにいきなり全部、レモンをかけてはいけない」「醤油にワサビをといてはいけない」「好きなお菓子を買ってもええ言うたんと違うんかあ!!で、夫婦ゲンカ」などなど、わかる人にはわかるトピックで、大変、有意義でした。つく枝御兄様と御姉様には、大変、お世話になりました。ごちそうさまでした。ありがとうございました。
■■コンクールには、もう出ません!!(2001/05/02)

注:今回の「たま日記」は趣向を変えて、ただの「怨み節」ですので、そのへんをご理解の上で、お読みください。いつものタイプを希望の方は次回の『日記』をお読みください。

NHKやABCなどでは、「新人落語家コンクール」などが、よくある。たいていその出場要請は、テレビ局は、松竹芸能・吉本興行・米朝事務所に通達をしているようである。だから私は、フリーなのでいつもその日取りを全く知らない。(ちゃん好兄さんも、「去年(?)知らんかった」と言うてはった。)まあ本気になれば、その局に連絡すれば出場できるのだろうが・・・。よくS師匠は、私を大変よくしてくださる師匠だが、打ち上げでは「たま君、コンクール出た方が良いよ。そこで経験をつむのも良い事だし、賞を獲ると芸もまた変わるよ。」とよくアドバイスをして下さる。私は、ちょっと出てみたいような気にもなっていた。そんな折、先日ラジオ大阪で「三題噺選手権大会」があった。これは仕事なので、ある意味、出なければならない。まあどういう基準で出場者を選んだのかは不明だが、桂 吉弥兄・桂 歌々志兄・笑福亭 由瓶兄・笑福亭たまの4人である。選手権の3日前に、それぞれが別のお題をもらい、自宅で噺を練って来て、当日発表というものである。(審査員は、九雀師匠、演芸プロデユーサー:以下“演芸P”、アシスタントの塩田さん。)1番・歌々志兄、2番・吉弥兄と、爆笑である。審査員一同、驚くほど感心。(どんな噺かは著作権のため言えません。)3番・私は、「亀井静香が小泉純一郎を、拉致・拷問する計画をたて、拉致しに行くも逆に拉致される」という噺をした。途中のギャグで、「世良正則」と「男闘呼組」が出てくる。

九雀師「僕の知らない歌が出てきて、そっからちょっと話についていけなかった。タイムゾーンて、世良正則の歌?」

たま「いえ、“ウオウ、ウオウ”までが、世良正則で、“タイムゾーン”は、男闘呼組です。」

演芸P「そんなギャグを後で解説したらあかんねん!!」

演芸P「それと、小泉さんやったら、やっぱりX−Japanにして欲しかった」

たま「それも思たんですが、作ったらおもろなかったんです」

・・・私も素直に「はいそうしたらよかったです」「そっちでおもしろいものをよう作られなかったんです」と言えば良かったなあ。でも実際、その批評は的を得たものでした・・・。4番・由瓶兄で、これも絶賛。よう考えたら、私だけがクサされているのである。しかもオン・エア中に!!何ということだああ!!(これは何の名ゼリフだったかは忘れた。)そして審査が終わり、審査委員長である演芸Pから審査発表。演芸P「第1回若手落語家三題噺選手権大会優勝は、笑福亭・・・由瓶さんです!!」由瓶兄「やったー!!!」(ラジオだが、スタジオ内を飛び跳ねて大喜び。)・・・せやけど、何で「笑福亭・・・」で「・・・」の間をあけんねん!!俺か思うやないか!!(由瓶兄さん、ごめんなさーい!)普通は「優勝は、・・・笑福亭由瓶さんです!!」の位置に「・・・」だと思うが・・・。

九雀師匠「実際のところ、吉弥君と由瓶君が競ってたんやけどね、同点やったらキャリアの若い方にということで決まりました。」

たま「そんなん聞いたら、“競ってもない”ことがわかるやないですか!聞かなんだら良かった。」

九雀師匠「あとリスナーからファクスも来ています。“歌々志さん、よかったです”と“歌々志さん、おもしろかったです”と“歌々志さん、応援しています”と・・・。」

たま「誰か俺もほめてくれー!!」

・・・情けない!タアッー!!(ここは文福師匠のように読んでください。)私は、“いわゆる”シュールというのも好きだが、(ギャグにおける『シュール』の定義は不明・・・)落語の目的は「声に出して笑わす」ことであるという観点から考えると、シュールなギャグは、落語には不向きであり、それは単に「おもろない」という結果を意味していると私は思う。(↑受験英語のような日本語やな・・・・。) 九雀師匠は優しく私をフォローしてくれた。 九雀師匠「たま君のはシュールだった」・・・・。それやったら単に「おもろなかった」て正直に言ってください!!途中で私は、思わず絶叫した。たま「もう誉めてイラーン!!」九雀師匠、失礼致しました。不適切な発言であります。すいませんでした。放送終了後、九雀師匠が落語家4人と塩田さんをつれ、飲みに連れて行ってくれました(ええ師匠です)。私は、一番の後輩で「負けてええ存在」だが、一番悔しがっていた。(元々、私は「別に順位はどうでも良い」感じだったが、審査を待つ時間中に周りの3人が『気になる、気になる』と連呼。結局、3人は平然とし、私だけがそれに洗脳されてしまった。)

吉弥兄「たまが、こんなに肩落として歩いてんのん、おもろいわー。」

九雀師匠「そない負けたんを気にすんねやったら、これから君は、コンクールとかに出んほうがええわ。やめとき、やめとき。」

たま「はい、やめます。」

九雀師匠「今度から、こういうコンクールみたいな企画は君には言わないようにするわ。」

たま「はい、そうしてください。自分でもこない悔しがるとは思いませんでした。もうNHKとかでも出んのん、やめますわ。」

九雀師匠「やめとき、やめとき。その方がええわ。」

・・・でないと周りに迷惑である。という訳で私はコンクールには出ません。この会話の直後、由瓶兄はこう叫んだ。由瓶兄「でもメッチャ嬉しいわー!!」・・・おめでとうございます!!(ふえーん!!)

追記:ひょっとすると、「ジッチャンの名にかけて!」が、「金田一少年の事件簿」の名ゼリフであることも、ある特定の層にしかわからないのかもしれない。私のその噺の中で、「ジッチャンの名にかけて!」「誰やねん、ジッチャンて」「小泉又三郎!!」「知らんがな」というギャグも、審査員の方々にはただの支離滅裂の言葉の羅列に聞こえたかもしれません。何をしてるんだか・・・。
■■同期の人々(2001/05/20)

私の同期(平成10年入門組)は、しん吉さん(吉朝師匠に1月)、喬若さん(三喬師匠に4月)、 笑丸さん(染丸師匠に4月?)、風喬さん(松喬師匠に11月?)である。

1.しん吉さんという人非常に「様式美」にこだわる人である。ある意味、同期の中で「様式美」においては一番「きっちり」している人間。落語会の舞台作り(舞台の高さ、屏風の位置、毛氈・紅白幕の設置など)は、基本的に、主催する落語家(会主)の思うようにするものである。(当たり前や!)しかし先日、私の会「うけたまがりがりまりがり寄席」に、しん吉さんは、風邪で喉が痛いにもかかわらず、手伝いに来てくれたのだが・・・・。

たま  「後ろは紅白幕にしよう。その方が後片付けがしやすいやろ。」

しん吉師「いや、紅白幕は貧乏臭いで。そこの襖を屏風代わりにしよう。・・・ほら!このほうがええ!!」

たま「まあ、ほなそうしょうか。えーと、それから、通路と囃子場の間仕切りはそこのツイタテで・・・。」

しん吉師「えっえー!そんなんで間仕切んのん!見えてるで!」

たま「あーそー?ほなこっちのエモンかけみたいな奴に紅白幕かけよか」

しん吉師「あーそのほうがええな。それから、舞台の正面をあわそか!」

たま「はい、わかりました」

・・・・なんでやねん!!会主は俺や!!

たま「もうだいたいで、適当にやりましょ。せやけど、しん吉さんは、えらい細かいなー。」

しん吉師「これ、喉が痛くなかったらもっといっぱい言うてるで。」

たま「もう堪忍してくれー!」

しん吉さん、あなたのおかげで大変助かりました。ありがとうございます。(ほんとに。)ちなみに、しん吉さんは、「鉄道マニア(ファン?)」でもある。やや「音」系のようである。(cf.梅団冶師匠は「写真」系=鉄道の写真を撮るのが好き。)かつて、阪急の「あわじ」駅で彼と電車を待っていたことがある。

しん吉師「この“あわじ”の駅は、なんぼおっても飽きへんね。」

たま「なんで?」

しん吉師「色んな種類の電車がここに集まって出て行くからね。」

たま「あ、そうなん。そんな違いが、ようわかるな。」

しん吉師「音が違うやん。○△×は、∞≒〜※ちゅう音するし、あの今来た■◇◎※は、‰♯Σζちゅう音するやろ。」

たま「へぇー、そうなんやー。」(アイヅチうつも、理解不能。)

2.喬若さんという人。彼は、舞台ではまだあまり見せないが、会うとよく楽屋話をしてくれる。非常に「三喬師匠のマクラ」のような話である。彼の体験談も非常に面白い。(私は個人的に“三喬師匠の家のトイレ”の話が好きだ。「大学での講義」や「試験中の出来事」などもおもしろい。みなさん、どんな話か想像してみてください。)ここでは、彼のネタなので、紹介できませんが、彼の「体験談マクラ」を聞けることがあるなら、幸いです。あと彼も「鉄道マニア(ファン?)」です。喬若さんとしん吉さんが会うと、「阪急電車の音」の話で盛り上がってたりします。あと、私には無い「鉄道マニアならではの笑いのツボ」もあります。雀三郎師匠の会にて・・・。

喬若師「今日はまだ“ラピート山中”さん、来てない?」

たま「そら“リピート”や。」

・・・しん吉師、爆笑!!

しん吉師「おもしろいわー、それ。」

・・・人間、自分の好きな部分をくすぐられるとよく笑うものである。

3.笑丸さんという人。新作落語を作ったり、独自のマクラをつくったり、「見た目」とは違った「努力家」かもしれない。(不明)あまりの多忙で、あまりお会いできない。時折、すっごいキャリアが上の人と、すっごい親しげに話をする。(謎)私も「えみまるぅー!」のマクラが好き。ちなみに私は彼の物まねができる。(本人にはまだ明かしていないが、わりとよく似ていると言われる。)

4.風喬さんという人。同期の中では一番「武闘派」っぽい体型である。しかし、「笑顔」で「ギャグ」を言うて来る。「喬若さん」「笑丸さん」にもこの点は共通する。「しん吉さん」&「たま」は「意外とよく怒る」ところが共通かも?(でも実は「しん吉さん」のほうが過激で、私のほうがビビっている。)その他のことはまだ、謎めいている。(まだ内弟子中のため、情報不足)私の同期の人はこんな人です・・・。しかし、まだまだ「謎」が多く、ひょっとすると、上記のことも思い違いの部分もたくさんあるかもしれません。(まあ、なんでもええわ。個人事業主やから・・・。)

■■礼儀正しい人々(2001/05/30)

今日は、礼儀正しい人を二人、ご紹介いたしましょう。

1.A師の場合 先日、A師と2人で飲みに行った。 カウンター席で2人で飲んでいると、見知らぬオッサンが話しかけてきた。仕方なく、しばらく二人でオッサンの相手をした。そしてオッサンがトイレへ行ったその時である!!

A師「こんだけ相手したら、今日の飲み代は払ってくれるでしょ。」

たま「そんなことしてもろてええの?」

A師「構いませんよ。そういう方向へもっていきましょう。」

そしてお勘定の段、オッサンは僕らの分まで払ってくれた。私はA師の言うように、払ってもらう方向の態度をとっていた。しかし!!

A師「えっえー!そんな事してもろたらあきませんよ。それは悪いですって。えっあー、いいんですか、そうですか。すいません、ありがとうございます。そんなつもりやなっかたのに・・・。」

・・・そんなつもりやろ!!そんなつもりやろ!俺だけが“いやらしい人間”ではないか!!A師を見て思った、『礼儀正しい人』も信用できない。

2.B師の場合我々は、通常(or時折)誰かのギャグ&ネタを使う時、 “礼儀”として、その人から許可を得たりする。「そのネタ、使わしてもらっていいですか?」てなことを言う。☆三金兄とB師の会話にて。

B師「あのー、○○○○のマクラは、三金兄さんのオリジナルですか?」

三金兄「そうやよ。何で?」B師

「いやあー、そのマクラを“パクらして”もらお思いまして・・・。」

・・・“パクる”て!!それは礼儀正しいんか?何や礼儀正しいやどや、わからん表現である。さあ、A師とB師は誰でしょう?(みなさんも一緒に考えてください。)