■■ある落語会の旗揚げ?(2001/06/02)

今日、ある方が、数人の噺家(私も含む)を呼んで、ある落語会の旗揚げについての打ち合わせをした。その落語会の意図は、「落語を聞いた事の無い人にも落語を聞いてもらおう!」のようである。(多分、そういう意図だと思う。)※ちなみに私は、「参加」している。つまりグループの一員だが、「完全な主催者」ではない。(創作落語の会に出ている笑福亭福笑みたいなものである。)発起人こそ、「完全な主催者」である。(責任逃れの政治家みたいだが、「みたいな」ではなく、まさしくそんな政治家と私は同じであろう。)その打ち合わせでの会話。

1:落語会の名前を話し合っているとき(まだ会の名前は未定)
〇師「“落語クーデター”言うのはどうやろう。」
◎師「ええな、それ。」
F師「せやけど、クーデターに失敗した奴は極刑やで。勝ったら天下とれるけど、負けは死刑しかないで。」
●師「ほな、これで失敗したら、みな噺家やめなあかんのですか!?」

2:噺家K師の帰り際(K師は仕事の都合で打ち合わせを途中退場することになったのだが)
K師「ホナすいませんけど、お先ィ失礼します。僕、何でもしますんで、何でも言うてください。」
F師「何でも?ほな“家”買うてくれ。」
K師「いえ、ちゃいますやん。この会に関係することやったら何でもちゅうことですやん。ほな失礼します。」・・・ここでK師は退場。
F師「あそうか。あいつ、みなの稽古場に家賃20万の部屋借りるんやったら、金出してくれんねんなあ。」
B師「ほなまず、全員そろえの衣装から、買うてもらおか。」
F師「あっそれ、ええな。ユニフォームな。せやけどそれやったら、ラクゴレンジャーやがな。そうそう!何でもしてくれんねやったら、“あの落語家はこの会の邪魔になるから殺せ”言うたら、あいつ、殺しに行きよんねんな。」
☆師「ほんまにクーデターやないですか!」
・・・大丈夫かいな。非常に危険な香りのする会である。穏健派の私としては、メンバーの諸先輩方の会話についていけるか非常に心配である。

■■ある打ち上げにて(2001/06/10)

N氏(某芸能関係会社社長)は、人情があり、「気」のええ人物で、どの落語家からも、大変好かれている人物である。また別に、N氏の人気の理由に、どの噺家の頭の中にも、「何か大ボケをする」という固定観念をもたせているというのがある。そのため「ささいな」事でも、皆が「我先につっこもう」という姿勢で、N氏を見ている。先日、ある落語会の打ち上げで、とある居酒屋に入ったのだが、そこはひどかった。ウイスキーのロックは、水割りのようだし、ハイボール(?)だったかは、炭酸じゃないし(気が抜けている)、豆腐は、グチャグチャだし(店員は「練った豆腐」だと言うが、どう見てもパック製品)、唐揚げは、中がナマだったし(しかも私だけ、ナマの唐揚げを飲みこんだ!<気づけよ!!)、漬物は、ぬかだらけで来た。初めは、「ちょとおかしいんと違う?」「まあまあ」「F師(注:福笑ではない)なら、キレてるで。“ビール20本持って来い!こんなもん、タダじゃあー!!”て叫んでるやろな」「まあまあ」と言っていたが、さすがにこんなけ連発すると、一同怒った。

○○「ちょっとこれ、ぬかだらけなんやけど」
店員「あっスグ取りかえます。」
○○「ちょっとサイゼンからヒドイで。唐揚げはナマやし、普通、漬物をぬかのままで出すか?」
店員「すいません。」
△△「ええかげんにして下さいよ。別に僕ら“やから”やないけど、こんなけ続いたら、そら怒るで。ちゃんとお金も払て楽しく飲みにきてんのに、こんなことされたら、他の人連れて来られへん。豆腐はグチャグチャやし、ちょっとぐらい値段上げてもええからちゃんとした物出してくれるほうがよっぽどええで。」
店員「はい、すいません。すぐ取り替えます。」
N氏「おい、こっちの皿の奴も取り替えろ!!(注:漬物は2つ注文した)こっちもぬかだらけやろ!!何考えとんねん!!ほいでこれ、誰がやったんや!」
店員「あっ僕です。」(店員はこの人を含めて3人でこの人が調理係のよう)
N氏「お前、入って何年なんねん!」
店員「1ヶ月です。」
N氏「やめてまえー!!」
噺家一同「それは言いすぎでっせ。」
N氏「なんでやねん!!」
・・・しかし、本当に最低の店だった。その謝っていた店員は実は店長だったのだが、もう1人のおっさん(店長より年は上、嫁のお父さんか?)の態度はもっとひどかった。おじぎもせずにズボーっと突っ立ったまま、ボソッと偉そうに、「すまへんな」と言ったので、皆がさらにキレた。
全員「ちょっと!!それはないやろ。ちゃんと謝れや。誠意がなさ過ぎるで。こっちは客や、そんな謝り方ないやろ!!」
おっさん「・・・・・」(ふてくされてる)
全員「ちょっと!ちゃんと謝ってくださいよ。当然でしょ。」
おっさん「いや、知らんかったもんやから」
全員「そんなん、関係あらへんやん。今、漬物がぬかだらけやっただけでも、謝らなあかん事でしょ。他の事は知らんかっても、違います?!何でそんな態度やねん!!」
おっさん「・・・・」(ふてくされてる)
N氏が立ち上がって、「ちゃんと謝れ!それが客に謝る態度か!わかってんのか、きみ!!」
噺家一同「いや別に立って怒らなくてもええと思います。」「“きみ”て、そんな“きみ”まで言わんでもええでしょ。」「それは言い過ぎでっせ。」
N氏「なんでやねん!!」
・・・しかし最低な店だった。その後、店長は謝ってたが、そのおっさんは、こっちを無視して後片付けを続け、何の反省の色もなかった。ムカツクー!!

■■同じネタを聞くということ(2001/07/01)

お客様にとって、落語会で最近聞いたネタを何度も連続して聞かされると、何か損した気分になるのではないかという不安がある。ネタを公表している落語会なら、それを承知で来てはるのでこっちも平気だが、ネタを公表していない落語会で、立て続けに同じネタを聞くとちょっとショックを受けそうである。(まあ「季節ネタ」があるのだから、夏場には「青菜」をよく聞くのは当たり前なのだが・・・。)先日、ある落語会(ネタは事前に公表しない落語会)で、「最近そこで演られていないネタ」を考慮して、私は、「看板のピン」をしようと思った。ところが、玄関で、落語会に最近よく来てくださる女性と出会ってしまった。どういうわけか、その人は私の「看ピン」を連続3回見たそうである。またその情報を私も耳にしていた。ここで「看板のピン」をするわけにはいかない・・・。しかし、そのとき私が他にできるネタは「ろくろ首」しかなかった。しかし、それはまだ舞台で演ったことがない・・・。不安である。「今日はここで『ろくろ首』をやる!」と決めてきたときは、居直ってできるのだが、予想していない時に『初演』というのは不安である。でもやるしかない・・・。私は覚悟を決め、まさに『その人のため』に『ろくろ首』をやった。他のお客様からすれば、「看板のピン」でええはずなのに・・・。冷や汗をかき、舞台を降りるときに私は心の中で絶叫した。「俺は『看ピン』をしなかったぞー!!でや、立て続けに『看ピン』を見んでよかったやろー!!どんなもんじゃーい!!」私なりの「ささやかなお客様へのサービス」であった。そして、お待ちかねのトリの笑福亭福笑の登場である。ネタは「看板のピン」!・・・私は思わず、ズッコケた。でもまあ、私の『看ピン』と師匠の『看ピン』では、出来が段違いである。だからこれでいいのだ。隙間からそのお客様の様子を見たが、やっぱり爆笑である。・・・ちょっと寂しかった。でもこれでいいのだ。お客さんが満足すりゃあ、それでいいんだからね。・・・やっぱり師匠:笑福亭福笑はすごいよ!!ちなみに私は、学生時代、1ヶ月に6ぺん『秘伝書』を聞いた。これも凄いと思う。まさにギネス級だと思う。

■■神戸のおばあさん(2001/07/15)

私の母方の祖母は、今、神戸に1人で住んでおり、波乱万丈な生活を送っています。ちなみに今も現役で、住みこみのヘルパー(?)の仕事についています。(身障者の方の家で、ほとんど住みこみ状態で「家政婦」業をしているようです。)しかし、最近は、祖母も高齢なので、そこの家の方に、更に「ヘルパー」を雇ってもらっているようです。(そんなん、ええんか!)「大丈夫かいな」&「そんなことしてもうてええのか」という疑問が私にはありますが、まあそこの家が「ええ」と言っているのですから、「ええ」のでしょう・・・。神戸のおばあさんは、私が現在知っている彼女の事件・奇行以上に、波乱万丈な人生だったようです。私が知っているのは、「離婚、再婚」(再婚相手は、刺青を入れた高利貸しのおじいさんでした)「中学生の子供を置いて、家出をし、しばらく消息不明」「新開地で“やりてババア”(いわゆる遊郭での客引き)となる」というような程度のことですが、もっと色々あったようです。それゆえ、以前こんな会話をしていました。

祖母「私の一代記を書いたら、すっごい波乱万丈で、売れるかわからへんで」
父「そら無理やで。今まで苦労してきて“今も”苦労してますちゅうのは、あかんやろ。誰も買わんで。苦労の結果、最後に成功せなあかんで。あんた、成功してないがな。」
祖母「せやなあ〜。」
しかし、彼女は、波乱万丈で苦労の連続だった(今もその連続の最中だ)が、やりたいことをやったのだから幸せだろう・・・(???)

■■わいわいジャーナルの反省会(2001/07/15)

私は、現在、OBCの「桂 九雀のわいわいジャーナル」の、月曜日のリポーターをさせてもらっています。(番組自体は、月曜日から金曜日までやっている。)その番組は、3時から5時の2時間番組で、私はそのうちの10分弱が、持ち時間である。毎回、“自分が決めたテーマ”を、“自分で調べて”発表するコーナーである。この「わいわいジャーナル」の人達は、「まじめ(?)」なので、 ほぼ毎回、番組終了後、「反省会」がある。そして月曜日の反省会のほとんどは、私の「ダメだし」に終始している。・・・2時間番組の反省会だというのに、私の10分の持ち時間だけが、「ダメ」なのである!!どういうことなんだ!!まあ「だめ」という事実は、事実として私は受け止めよう!!この「ダメ出し」のない反省会を目指して、私はまた努力しよう。ちなみに、かつて一度だけ「ADめいた人」(業種は不明〉に、番組終了後、ほめられたことがある。「基準」について調べたときに、私は「怪獣の強さを測る単位はジャイアント馬場だ」という情報を発表したのだが、そのとき、その「ADめいた人」は、「今日のはよかったよ。(「今日のは」の“は”って何やねん!)なんか、ごっついくだらないねんけど、笑ってもうた。“ヘタウマ”って感じかな」・・・なめてんのか!!どんな誉めようや。(いや誉めていないのだろう・・・。)ちなみに、「ダメだし」では、たいてい「わかりにくい」ということが 指摘される。そこで、先日母親に聞いてみた。

たま「こないだの僕のラジオ、どうやった?」
母親「あっ、聞いてないわ。」
・・・なんや、それ。親ですら聞いていないのである。その翌週、
たま「こないだのラジオ、どないやった?」
母親「あっ、こないだは聞いた。」
たま「わかりにくかった?」
母親「いいや、わかったよ。おもろなかったけど。」
たま「やかましわ!!」
ちなみに、こないだ、神戸のおばあさん(すぐ上の日記参照)から 電話があったらしい。
「ラジオは、わりと聞いてるけど、あの子(たま)の話は、毎回、“難しい話”やな〜。わかれへん。」だそうです。やっぱり身内もわからないようだ・・・。
■■スイカの平等と効率(2001/07/19)

最近、知人宅へ訪問すると、「スイカ」を出してくれる事が多いが、その時に出されるスイカは、決して「舟」や「ヨット」ではない!!彼らは、“サイコロステーキ”状に切ったスイカに、フォークを添えて持ってくるのである。彼らは、スイカをあらかじめサイコロステーキ状に細かく切断して、“タッパー”に居れ、冷蔵庫で保存しているのである。・・・何の情緒もないではないか!そんなサイコロステーキ型のスイカを見て誰が「風流だな〜」などと茶人ぶるであろうか!?やっぱり、半円や三角のスイカの方が風流にきまってる。そして第一、その方が“美味い”はずである!!私は、知人に思わず言った。「何でこんな切り方して、タッパーで保存するの?」応えは決まって「食べやすいし、“効率的”だから」・・・そんなところに効率を求めてはいかん!!もっと「おいしさの効率」を求めるべきだ!!サイコロに切ったスイカをタッパーに入れて保存するということは、スイカのみずみずしさを奪うことではないか。舟やヨットの形に切れば、スイカの肉汁(?)は、まだ逃げにくい。“ダラダラ、ダラダラ、スイカの汁を垂れ流しながら食う”というのが、スイカの醍醐味ではないか!!カスカスのサイコロスイカを食べて何が嬉しいであろうか!?(まあ食べるけどね・・・。)またサイコロスイカは、私に「不平等」感を与える。スイカには当然、「球体の中心が甘い」というテーゼがある。ここで、「舟」や「ヨット」に切ってさえいれば、それこそ、ほぼ“平等”に「真ん中の甘い部分」を食することができる。にもかかわらず、サイコロ型に切ってタッパーに入れたがために、どれが真ん中の甘い部分か、わからなくなってしまい、ひいては、「甘い部分が食べられない」かわいそうな人を生むことになる。また「舟」や「ヨット」なら中心から端まで食べられるのでそのスイカの全体の味を知ることができ、家族で、「あー、今日のスイカは水臭いなあー」とか、「今日のスイカは、甘いなー、結構イケるでー」などと、円滑な会話を生み出せる。にもかかわらず、タッパーに入れたサイコロスイカを食べると、「今日は、俺、端っこばっかりで、甘いとこは食べられへんかったんと違うかな・・・」というような、ドス黒い疑惑を家族全員の心の中に抱かせてしまう。そんな世の中は嫌だ!!それでは、より良い日本の未来は築けない!!さあ、今こそ、各人、一人一人が立ちあがりましょう。
そう!合言葉は、「スイカは舟かヨットに切れ」だ!!
■■今日は意味不明(2001/07/24)

毎週月曜日ラジオ大阪で、私はレポートを発表するという仕事をしている。(注:このレポートは、自分で、調べることを決定して、自分で取材・調査して、自分で発表するというもの。いわば、“10分間でする大学のミニレポート発表”みたいなもの。)先週、私はこの月曜日の為に、色々テーマを考え、調査した。(もうこれが大変なのだ!!・・・それが仕事なんですけどね。)

1.「鳴き砂」についてはどうか?調査してみると、夏休みの理科自由研究のテーマにもあがるテーマのようだ。それについての「詳しい(正しい)学術結果」は、未だ出されていないと言う事だけが、わかった。そんなものが「理科の自由研究のテーマ」になるのか?と疑問に思った。学者がわからんもんを小学生が調べるのか???私もそれは当然、発表できない。→ボツである。

2.シンクロナイズドスイミングについてはどうか?シンクロナイズドとは「(音や一緒に泳ぐものと)同調する」ということ。そして、「水面下の泳いでる部分は、審査に入らない」というのを、小耳に挟んだことがある。そうだ!「シンクロの審査基準・ルール」について調べてみよう!さっそく、インターネットの検索で「シンクロルール」や「シンクロ審査基準」というのを調べてみると、いずれも、「シンクロのルールは、よくわからない」「シンクロの審査基準は、よくわからない」という情報だけが得られた。これでは何にもならん!!他にも何か情報を求めて、ネット上をさまよっていると、「息を止める時間は誰でも長くなる。その方法」的な情報を得た。早速、そのページを読んで調査した。「・・・(訓練で)必ず伸びることが確認されている。また息こらえ前に、ハイパーベンチレーションといって特に呼気を強くした大きな深呼吸を10回ぐらいおこなうと、・・・息こらえ時間も長くなる。」そうか!なるほど!私は感心して、大きく深呼吸をして息を止めながら、その続きを読んだ。「しかし、これはあまり安全な方法でないのでやらない方が良い。脳の酸欠状態で意識を失う危険性がある。」・・・早よ言え!!思わず、やったやないか!!アホか!!そしてこのような危険な状況になりながらも大した情報は得られず、ボツ。

3.花火についてはどうか?調べたのだが、大した情報は得られないばかりか、「明石の事件」で、ちょっと発表しにくい。→ボツ。

4.シーモンキーはどうか?→なんとなく、ボツ。

・・・やるもんが無い!!私の頭は、「枯渇」していた。しかし、そこへ「道真公」のお告げのように、ピーんと、「天神祭」というテーマがひらめいた。これはいい!!早速「天神祭」について、「祭の内容・由来」を調査したが、これが非常に複雑。しかも私は一度も言ったことが無い…。もう時間が無い!!なんでもええわ!!7月23日(月)「天神祭について」のレポートを発表した。もう自分でも何を言っているのかわからないレポートだった。(ひょっとすると「菅原道真の祟り」かもしれない!!陰謀か?謀略か?)・・・いつもの「自己満足」すらもない最低のレポートだった。そして反省会。もちろん、それこそ今日は「私以外に反省する必要は無い」状況である。私には、「表現力」「構成力」など、様々な点で問題があり、「いつもよくわからないことを喋っている」ようである。(うすうす感じていたのだが・・・。)この世界は、(どの世界も一緒かもしれないが、)結果が全てである。「いつもわからないレポート」をしていてはいけないのである。私は、皆からご指導・ご鞭撻を受け、深深と頭を下げ、思わず、こう謝った・・・たま「ボク、シャベるのん、向いてませんわ。」(半分、泣きが入っている)そのとき、ラジオのアシスタントをしている塩田えみさんが、ラジオのように笑っていた(ほとんど爆笑)。つねづね、塩田えみさんは私に、「仕事で作り笑いをするときはありますけど、たまさんについては、本当におかしい時しか笑いませんので!」と断言している。塩田えみさんにとって、私のブザマな姿は本当に滑稽で面白かったようである。あー笑いたけりゃ笑え!!笑うがいい!!あー、俺は喋るのがヘタじゃ、ヘタじゃ、ヘタでおます!!・・・今日の「たま日記」こそ、何を言いたいのか、よくわからない状況やなあ・・・。でもいいんです!!ボクはシャベるのん、向いてないから!!
■■走馬燈(2001/08/12)

落語家として日々思うことに「もっとおもしろい落語をしたいなあ」という事がある。それと同時に、「俺ってダメだなー(おもろない、よくない)」とも必ず思う。そういうときに自分で自分を慰める言葉は、「いや、時間がたって稽古してりゃあ、上手くなるンじゃないの?」である。しかしそれと同時に「でも、時間がたっても、下手のままじゃないの?」とも思う。(考えてる暇ありゃあ、稽古したらどうだ!!)他人に「ダメだ」と評価されるのは、誰だって嫌だろうが、少なくとも今は、私を「ダメだ」ともっと言ってくれ!!(できれば、具体的に「ダメだし」してほしい。)その方が意外と「なにくそ!」と思えると思う。一応、言っておきますが、「なにくそ!」を直接的に相手にぶつけて喧嘩しようなどとは思っておりません。「自分の見えていない部分」を言っていただけることに「感謝」いたしますので、よろしくお願いいたします。(だって私は「優しい笑福亭たま」ですから。)誰か私をぶって!!いじめて!!精神的に!!肉体的にはイヤ!!精神的に!!言葉で私を責めてほしいのよ!!私って「M」かしら?さあ、インターネットのみなさんも、「笑福亭たまの落語」をこきおろして!!めった切りにして!!でも相手にされてないのかもしれないわ。それって放置プレイ?(知らなんだら言うたげるけど、私は「カストロ大統領」を「スカトロ大統領」って“母親”の前で間違った事があるわ!!・・・・それってなにも関係ないわね!!もう頭がおかしいの!ほおーっほっほっほっほーっ!!)注:ちなみに「人間性」についてもよく「皆に嫌われてないだろうか?」とよく心配する。それと同時に「何とかなっているのでは?」とも思う。「でもやっぱり嫌われてるンと違う?」の繰り返しである。ちょっと違うが、昔「ハゲ論法」で悩んだことがある。「俺ってハゲんのと違うか?」「イヤ、ハゲんのと違うかって考えすぎたら、ハゲんのと違うか?」「いやそんな事を考えたらハゲるわ!ってこんなん考えてたらハゲるんと違うか?」・・・・どこまで行くねん!!あほと違うか!!でもハゲたらどうしょう・・・。(まだ言うか!!)私って馬鹿?

■■おもしろく、やがて悲しき(2001/08/21)

ウチのおじいさんは、ついこの前まで、現役の社交ダンスの先生で、「歳の割に若い・元気」が自慢だった。ところが、2週間ほど前、おじいさんは、胆のうに異常があるというので入院した。(これは、肝臓ガンが原因なのだが・・・。)そして、一昨日の朝から、突然「ボケ」だした(アルツハイマー)。驚きである。前日まで「正常」だった人が、一夜明けて「異常」なのだから。安静にしているべきなのに、病室から出て行こうとしたりするため、必ず「付き添い」が必要となった。「ボケたおじいさん」とのやりとりは、大変だが、そんなおじいさんは可愛らしく、意外と面白いものである。毎日、家族同士で「今日のおじいさん」の報告会をし、笑っている。我々は決して薄情ではない!!(↑文句があるならかかってこい!ただし落語関係者以外!!)こんな時、人間は意外と陽気だったりすると思う。妙にハイテンションになるからだろか・・・。(他にも葬式のとき、陽気になることがある。←特に自分の家のやつ。)今回は、その報告の一部をご紹介致しましょう。

1.父親(おじいさんからすれば実の1人息子)に対して祖父「あんた、誰?」・・・いきなり息子もわからないのである。

2.父との遭遇
父親「僕、誰かわかる?」
祖父「孝一(父親の名前)やろ。」
父親「わかってるやん。」
祖父「そらわかってるよ。あんた、誰?」
・・・やっぱりわからず。落語のようである。

3. 父との遭遇
祖父「今、何時?」
父親「11時10分。」
祖父「そう、40人かと思た。」
・・・わけわかれへん。吉本新喜劇のようだ。

4.世話をしている父に対して
祖父「悪いなー、知らん人にそんな事してもうて。」
・・・知らん人!!もう知らん人になってる・・・。
5.父親が帰るとき(そっから母親と交代)父親が帰ったのを見て母親に・・・
祖父「今の男、1日ここでおって、働いてないんかなー?何してんねやろ?」
・・・母親、笑い。
さらに祖父「あの人、何でここに居てんねやろう?仕事、ないんかいな。」
・・・あんたのために来とんねん。仕事、休んで。まあ、今までおじいさんには、家族全員が世話になっているので、 恩返しです。